トランスジェンダー活動家についての議論 まとめ NGOレインボー・アクション

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藤子不二雄Aから漫画の歴史の涙と意外な栄光と萌えと

藤子不二雄Aから漫画の歴史の涙と意外な栄光と萌えと

 

 藤子不二雄Aの『少年時代』を、twitterのTLでのしばき隊界隈の活動家に対する批判のツイートから思い出して。

再読をして。

それから派生をして、映画やら批評やらを思い出して、チェックしだして。

 

映画『少年時代』を再評価して。

それと少年萌えの魅力を再評価をして萌えて。

 

 藤子不二雄A関連のも色々チェックしだして。

 

 

 

 

そういや、昔、『編集王』で、過去の名声だけの老害漫画家の話があったなあと思い出して。

確か、漫画喫茶で読んだはず。

 

あれが発表された当時から、悪趣味系の過激雑誌(記憶が曖昧だけど、ゴンとかブブカとかナックルズとかあのあたりか?)でも取り上げられてて。

「あの『編集王』の老害作家のモデルは色々いるだろうけど、その一人は藤子Aだろうな」

「藤子A研究分析」「大橋巨泉とかの人脈づくりでもう漫画家というよりは業界人だろう。ゴルフとか銀座のクラブとか汚れてる」とか色々批判されてて。

 

久しぶりに思い出して。

ネット検索をしたら、

 

手塚治虫や藤子・F・不二雄って

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マンボ好塚先生は…藤子不二雄A先生をベースにして、赤塚先生(アル中)、ジョージ秋山先生(つまらない作品をあちこちに書き散らしている巨匠)、石ノ森先生(ベタ一色を平気で渡す)等をブレンドしていると思われます。

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それと梶原一騎(暴力事件)でしょうね。

 

編集王』のマンボ好塚のモデルじゃね?と言われてるのは、

 

梶原一騎(過去の名声の遺産。豪華な銀座のクラブで暴飲暴食、豪遊。女優や銀座クラブホステスと浮名。横暴、暴力事件)

赤塚不二夫(過去の名声の遺産、晩年はイマイチ、アシスタントが代作、アル中、漫画を書かずにTV出演、マスコミ業界人としての活動が主)

藤子不二雄A(過去の名声の遺産。晩年は漫画はイマイチ。ゴルフ、銀座のクラブの人脈、大橋巨泉の人脈でTV出演、マスコミ業界人、講演会)(マンボの古くからの漫画家仲間でマンボと同格か格下の漫画家登場人物がモロに藤子F不二雄をモデルにしているので、だから「マンボのモデルは手塚治虫藤子不二雄Aではないか?」と推測されてた)

手塚治虫(過去の名声の遺産、晩年はつまらない作品をあちこちに書き散らしている巨匠、マスコミ利用、マスコミ出演ばかり。マンボ好塚の過去のいい時代のモデルは間違いなく手塚でしょうけど。マンボ好塚の過去のいい時代に、手塚治虫をモデルにした漫画界の大物と握手する場面があったけど、なんで同一人物が?ドッペルゲンガー?と不思議がられてた)(マンボの古くからの漫画家仲間でマンボと同格か格下の漫画家登場人物がモロに藤子F不二雄をモデルにしているので、だから「マンボのモデルは手塚治虫藤子不二雄Aではないか?」と推測されてた)

ジョージ秋山(過去の名声の遺産、晩年はつまらない作品をあちこちに書き散らしている巨匠、マンネリで不人気だけど惰性で続いてた『浮浪雲(はぐれぐも) 』がやっと長期連載が終わった。ネット上でも「ついに浮浪雲の最終回の告知が!」ってそれだけでも話題だったけど。ネット情報によると、「その最終回が波の音ばかりでイマイチだった」とか。編集部が気を使って、実際の単行本の発行部数より多い額のお金を払ってたとか)

石ノ森章太郎(過去の名声の遺産、アシスタントが代作、ベタ一色を平気で渡す、石森章太郎から石ノ森章太郎に改名をしたけどその後に発表した漫画はイマイチだった)

さいとうたかを(『ゴルゴ13』はソ連崩壊後には「もうええわ」言われてた。漫画をスタジオ製作にして漫画を書くのはアシスタントに任せていたとか、ゴルフに興じてた所とか、銀座のクラブで豪遊とか、ホステスとの交際とか)

 

マンボ好塚の過去の生い立ちが戦災孤児で、貧困苦の中で弟を亡くして火で燃やしたという設定だけど。そういう過去の経歴のある漫画家で、しかも晩年は大御所で老害というのは見当たらない。

それどころか、手塚治虫は戦中派だけどあの当時としてはかなりの上流階級で医者だし、他のトキワ荘の手塚チルドレンたちもトキワ荘伝説や、藤子不二雄の『まんが道』を読めば、そういう経歴は書かれてないし。

 

 

 

 

 

 

マンボ好塚が戦災孤児で、貧困苦の中で弟を亡くして火で燃やしたという設定だけど、それに近い大御所漫画家でしかも老害と言うのはいないわね。マンボ好塚のモデルになりそうで、しかも戦災孤児で、貧困苦の中で弟を亡くして火で燃やしたというのは見当たらないわね。

しいてあげれば。

野坂昭如(あきゆき)

(漫画家じゃなくて作家だけど。流行作家で芸能人としても一世を風靡したけど、晩年は老醜、老害と嘲笑されてたのも似てる)(神戸育ちで、1945年の神戸大空襲で養父を、下の妹を疎開先の福井県で栄養失調で亡くした。野坂は戦中から戦後にかけて2人の妹を相次いで亡くしており、死んだ妹を自ら荼毘に付したことがあるのも事実とか。後に贖罪のつもりで『火垂るの墓』を記した。小説『火垂るの墓』は、後にジブリ高畑勲による脚本・監督でアニメ化された。TVで実写ドラマ化された。)

中沢啓治

手塚治虫の人脈じゃないし、トキワ荘人脈じゃないけど。代表作に『はだしのゲン』など、1945年の広島市への原子爆弾投下による自身の被爆体験を元に、戦争・平和を題材とした作品を数多く発表している。広島市への原子爆弾投下で、父、姉、末弟の3人を失った。次いで原爆投下当日に生まれた妹も4カ月半後に死亡。これらは『はだしのゲン』の原爆投下時のエピソードとほぼ同じである)

 

他にしいてあげれば。中国大陸からの戦後の引き上げものの子供として、

赤塚不二夫

(中国大陸にあった傀儡国家、満州国に生まれ、戦後に日本に引き揚げてきた一家の子供。6人兄弟の一番上で、日本への引き揚げまでに妹はジフテリアにより死去し、弟は他家へ養子に出され(後に赤塚は茨城県常磐炭田炭鉱で働いていた彼と一度だけ再会している)、更には生後6か月の末妹も母の実家に辿りついた直後に栄養失調のため夭折し、日本に帰還する頃には兄弟は藤雄と弟と妹の三人と半数となってしまった)(漫画の登場人物のチビ太が戦災孤児という設定)。

 

 

 

 

 

 

 

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漫画家の落ち目の分類

★マンネリ、ネタ枯れ、時代遅れ、

★画力の衰え

★枯木、過去の名声におんぶにだっこ

★編集部もよう切れない。つまらないのに雑誌に連載維持でページ占有。原稿料高くて、発行部数を水増ししてお金を払う。

★大御所の暴走、わがまま迷惑系

 

 

漫画家の落ち目、劣化って、すぐ目立つからね。

 

私が中学の時でさえ、もう、私の周りの女学生たちからは「赤塚不二夫の漫画なんて、グロテスクでもういや」言われてたし。女性受けはしなくなってて、もう無理だったわね。

その後はもう、「赤塚なんてもうゲテモノ」「赤塚がタモリと組んだゲテモノ路線なんてイヤネ」言われてたし。

 

悪趣味雑誌(たぶん、ブブカかゴンかナックルズかあのあたり)で、「つまらない漫画家大賞」とか特集組まれてて。

池田理代子一条ゆかり、ねこじる、その他色々書かれていたなあ。

 

その他にも、かつてはビッグネームだったけど、全盛期を過ぎて残念なので、過去の遺産でなんとかなのと。

まだ妙にビッグネーム、独特の大物臭と。まだ妙に勢いがあるのと。

それと独特のエグミ、臭み、政治臭、活動臭があるので。

編集王』マンボ好塚のモデルと混同されそうなのは。

 

松本零士

(かつてこよなく愛した漫画家たちが「正直蛇足でしかない続編・スピンオフ作品で自らの名作を陵辱し、"老害"の代表として認識される」「もう頼むからやめてください」と周囲が懇願したくなるほどの、はた迷惑な「勢い」「明後日のベクトルだけども意欲」だけには満ち満ちている。
「生み出されてもそんなもん見たくない」ものであるとしても、今まで出していなかったものを生み出したりもしている。ものすごく不謹慎な例えだが、言ってみれば「徘徊・多動化するタイプのボケ老人」に近い。ぜろだまBlog: 私が永井豪に「枯木感」を持つ理由(1)))
水島新司

(かつてこよなく愛した漫画家たちが「正直蛇足でしかない続編・スピンオフ作品で自らの名作を陵辱し、"老害"の代表として認識される」「もう頼むからやめてください」と周囲が懇願したくなるほどの、はた迷惑な「勢い」「明後日のベクトルだけども意欲」だけには満ち満ちている。
「生み出されてもそんなもん見たくない」ものであるとしても、今まで出していなかったものを生み出したりもしている。ものすごく不謹慎な例えだが、言ってみれば「徘徊・多動化するタイプのボケ老人」に近い。ぜろだまBlog: 私が永井豪に「枯木感」を持つ理由(1)))
小林よしのり

(『ゴーマニズム宣言』以降、漫画として壊れた。政治的なイデオロギーや主張もウロウロ)

弘兼憲史

島耕作の人。いまだに連載続きで痛い。政治的なイデオロギーも痛い)

雁屋哲(かりや てつ)

美味しんぼの原作者)(反日、特定のイデオロギーにこりかたまってしまってる。「雁屋哲は中国人で嫁は韓国人で. 支援者は脱原発プロ市民?」「中国系朝鮮人」という噂がネットで出回っている。マスコミ出演が多い)

本宮ひろ志

(1970年代の週刊少年ジャンプを支えた。しかし『男一匹ガキ大将』は編集部の指示により、本人の意に反して何度も連載の引き延ばしが行われたとか。それで創作者としてすり潰されたのなら気の毒だけど。アシスタントが代作。反日、特定のイデオロギーにこりかたまってしまってる。過去の栄光がすごいので、作品が時代錯誤になってしまっても編集長らは気をつかって切りにくかったとかいう噂)

江川達也

(アシスタントたちから逃げられた。アシスタント集団逃亡の件で、『編集王』マンボ好塚がアシスタントに捨てられた漫画のページと混交されている。右派のイデオロギーを主張。マスコミ出演だらけ)

 

 

 

「ぜろだまblog」の漫画分析が傑作!

ぜろだまBlog: 私が永井豪に「枯木感」を持つ理由(1)

 

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老害作家の印象を 「導管と師管の区別ももはや関係なくボケちゃってるけども、とにかく水分やら養分やらはゴウゴウとやたら活発に行き交っている(そしてしばしば伸ばさなくていい方向に枝を伸ばしたり、カラスも食わないような実をならしたりする)」  

 

(略)

 

 

枯木作家は 「もはやその生命力がなく、残ってる水気でとりあえず生きて立ってはいる」 というイメージとでも言うべきか。

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以下の漫画家さんたちは、『編集王』のマンボ好塚のモデルというよりは、「老害作家」というよりは、「枯木作家」というほうに近いかな?

 

永井豪(「版権管理とメディアミックスプロデュース能力には優れているけれど、かつての独創性と勢いを失ってしまった、枯れつつある作家」。活動が「過去の名作の縮小再生産」に留まっている。「枯木作家」 

ぜろだまBlog: 私が永井豪に「枯木感」を持つ理由(1)

 

石ノ森章太郎

(早熟の天才作家で、全盛期には手塚治虫藤子不二雄よりも作品の完成度は高かったとか。後に早々と枯れてしまった。石森章太郎から石ノ森章太郎に改名後はイマイチというファンが多い。メディアミックスプロデュース能力、企画、企業家としての能力には優れていた。けれど、かつての独創性と勢いを失ってしまった作家「枯木作家」。死後、哀しいことに暴露記事が書かれて、未亡人が美人だけど金目当てで「チビ」とバカにしてたとか、ひどいことが書かれててショックだった)

鳥山明

ドラゴンボールの人。「枯木作家」 鳥島編集長が「少年ジャンプ」部数維持のために無理に書き続けさせたから創作意欲が枯渇させられて気の毒という声もあるわね。とりあえず漫画の連載は終えられたけど。でもまわりにはいまだにドラゴンボールの過去の遺産で食いたい方々だらけで、そういう方々が必死で頼むから断り切れないのだろうけど。でも「もうドラゴンボールの遺産をくいものにするのは終わらせてほしい」って声が大勢いるわね。漫画家としての目だった活躍はないけど、漫画家の年収では過去の遺産でいまだにトップクラスの莫大な金額とか)

ジョージ秋山

(「枯木作家」。過去の名声の遺産、晩年はつまらない作品をあちこちに書き散らしている巨匠、マンネリで不人気だけど惰性で続いてた『浮浪雲(はぐれぐも) 』がやっと長期連載が終わった。ネット上でも「ついに浮浪雲の最終回の告知が!」ってそれだけでも話題だったけど。ネット情報によると、「その最終回が波の音ばかりでイマイチだった」とか。編集部が気を使って、実際の単行本の発行部数より多い額のお金を払ってたとか)

池田理代子

(「枯木作家」。『ベルサイユの薔薇』の人。日本の少女漫画家でいまだに一番のネームヴァリューがある方。過去の名声の遺産。今は漫画はほとんど書いていなくて、オペラ歌手の勉強でがんばってるから漫画界にとってはいいけど。でも『ベルサイユの薔薇』をパチンコ屋に使わせたりしたのは痛い。ベルバラの権利の安売りがひどいのでは)

美内すずえ

(「枯木作家」。『ガラスの仮面』は昔は傑作だったけど。次第に無駄にズルズル引き延ばし。休載続き)
魔夜峰央

(「枯木作家」。『パタリロ』『翔んで埼玉』の人。過去の遺産でなんとか生き延びている。いまだに『パタリロ』を延々と連載を続けている。もう書く漫画は絵も内容もスカスカ。何十年も前の『翔んで埼玉』が意外な大ヒットしたのは幸運だし映画化も成功し、パタリロの舞台化も成功したのは幸運だけど。娘の体験漫画で最初は親への敬愛を込めた父親との交流話が書かれてたけど。ついに『魔夜の娘はお腐り咲いて』で、実は借金苦、貧困、重病などの苦労時代が書かれてた。最後の締めで、彼女からのネット配信もあって、過去の父親の作品が再発行、舞台化、映画化されるようになって助かったことが書かれててよかった)

一条ゆかり

(「枯木作家」。過去の遺産で延々と連載を続けている。『有閑倶楽部』の連載続きは痛い)

細川 智栄子

(「枯木作家」。過去の遺産で延々と連載を続けている。『ナイルの紋章』をいまだに連載続けているのは痛い。枯木感)

森川ジョージ

(「枯木作家」。『はじめの一歩 』を延々と続けている。枯木感。表紙のキャラクターの顔の目がもう病的と批判されてた。『はじめの一歩(118) 』(講談社コミックス)のアマゾンの批評で、「『編集王』マンボ好塚みたい」「この巻をもってファンをやめ全巻ブックオフすることになりました」と酷評されてた。マンボ好塚のモデルとまでは言わないけど。そこまでのスケールのでかさやひどさはないだろうけど。書いてる本人もいくらなんでもわかってるだろうけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイアップされたパチンコ・パチスロ一覧 - Wikipedia

パチンコ屋にキャラクターを売ってしまった漫画家のリスト

 



マンネリで不人気だけど惰性で続いてた『浮浪雲(はぐれぐも) 』がやっと長期連載が終わったけど。

過去に、これと似たようなことがあったわね。

TVの金曜ロードショーでの解説に水野晴郎(はるお)が長期間レギュラー出演をしてたけど。ナンシー関が「やれやれ、やっと、お払い箱か。いやいや失礼、第二の人生へのステップアップね。それにしても、TV局側も死ぬまで使い続けるきかと諦めてたけど、やっとお払い箱で。それにしても、TV局側もやること中途半端だなあ。中途半端な時期に中途半端にお払い箱って。死ぬまで使い続けるか、番組じたいを終えて、新しい番組を作るかしかないだろうが」「水野が『これから色々やりたいことがあるし。政治活動とか』って。雑民党か」とか。

笑点』について、ナンシー関が「最近、番組がおのれのどうしようもない腐れ縁を、中途半端に改善しようとしてるのが続いてるねえ」「中途半端な若返りリニューアルをしたらしいけど。アイデンティティ崩壊だね。やること中途半端だなあ。死ぬまでこのままか、それか最終回にして終わりにするかしかないだろう。」

って突っ込んでたなあ。

 

 

 

 

 

編集王』思い出して電子書籍で購入。 

 

 

 

  

 

  『編集王』、昔読んでたから知ってるのに、それでも再読で又号泣しちゃったよ。

その漫画の構成は、まずは元巨匠の漫画家の無残な老害ぶりを描写して。

何もかもなくしてゼロからの再起をかけて。

アシスタント兼マネージャーは夢の中で、その老害漫画家の昔のことを思い出してて、その老害漫画家は実は過去は本当にすばらしい漫画家だったことを思い出して。そして次第に成金と堕落ぶりへとおちていってしまったのを思い出してて。

夢から覚めると、その老害漫画家は再起をかけてて。

そしてその老害漫画家は、マネージャーや編集者のサポートもあって、死に物狂いで感動作を書き上げたら息絶えて死んで。

私も再読して、号泣しましたよ。

 

 

マンボ好塚の過去のいい時代のモデルは間違いなく手塚治虫でしょうね。

対立する出版社を複数も連載掛け持ちしてたとか。別の出版社の編集から隠れて原稿書きとか。別の出版社の編集者が漫画家の逃げ場所を探しだしてきたとか。別会社の編集者が原稿の争奪戦になったとか。締め切りが間に合わないから、アシスタントも大変な思いをしてたとか。

藤子不二雄Aの過去の思い出で、編集者さんから「手塚先生の原稿が締め切りに間に合いそうもないから手伝いに来て」と言われて、自分のほうの原稿を締め切りにまにあわすのに苦労したとか。

代表作が『王女アンヌ』でアニメ化って、『リボンの騎士』でしょうね。

 

遺作の題名が『あした』って。

ひょっとして、梶原一騎原作で、ちばてつや漫画化との合作の『あしたのジョー』からきてるのかな? やっぱ、梶原一騎がモデル?

 

 

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ネット検索をして調べたら、 

「献身的に支えてくれるアシスタント兼マネージャーのモデルは、赤塚不二夫のブレーンの長谷邦夫でしょうね」って。

 

長谷邦夫(ながたに くにお)か。

私の記憶では、変な顔の似顔絵と、つまらない漫画と。

ビートたけしが自分についての批判に反撃する本で、赤塚不二夫長谷邦夫とがタモリを褒めてビートたけしをおとしめてたから反撃で、

赤塚のことを「落ち目の漫画家」

長谷のことを「落ち目の漫画家の小判鮫。赤塚なら一世を風靡したこともあったけど、長谷なんて全然売れてたことのない無名の漫画家。赤塚にタダ酒飲ませてもらって追随してるんじゃないよ」

って、けなしてたなあ~ぐらいの記憶だけど。

 

でも『編集王』の感動のアシスタントのモデルが彼なのかと思ったら驚いて。

色々とネット検索。

私自身の記憶では、つまらない漫画家としか思ってなかったけど。

彼のことを絶賛する声もあって、意外な功績のあるかたなのね。

有能な編集者でライターの竹熊健太郎ツイッターで、長谷邦夫の死に追悼し、敬愛の意を表していたのには驚いた。立派な方だったのね。

 

 長谷邦夫 - Wikipedia

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紙の本はまだ販売されてるけど。電子書籍化はされてないのね。

それとこの本を原作にアニメ化されたのがTV放映されたけど、DVD可はされてなくて、そのDVD販売化を望む声があがってるけど、DVD販売化されていない。どこかの施設で動画として視聴は可能とか。

推測だけど、遺族同士で著作権関係の交渉が困難だからかしらね?

 

編集王』の感動のキャラのモデルには、他にも大勢いるのでしょうね。

 

 

過去からのネームヴァリューのある有名漫画家で、実際には自分では書いてないのは大勢いるみたい。

石ノ森章太郎の代作のシュガー佐藤とか色々いるみたいだけど。

手塚治虫

永井豪

本宮ひろ志

さいとう・たかを

美内すずえ

 

 

 

 

 

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ネット検索をしたら、色々と意外な過去を知って驚いたり。

赤塚不二夫が若い頃はトキワ荘一の美男だった。女にむちゃくちゃモテた」とか。

トキワ荘の漫画家さんは美男そろいで驚いた」とか。

トキワ荘人脈の漫画家は、実家が太いか、いい家の子弟が多い。生活のために漫画を書いていたのとは毛色が違う。赤塚は貧乏だったけど、美男で、ある部分は育ちの良さがあったから、トキワ荘の人脈とはとけこめたのでしょうね」とか。

藤子不二雄Aの我孫子は、実は当時からコミュ力があってモテてた。自伝漫画の自画像はちびで眼鏡でいじめられっ子で暗いという風に描かれてたけど」「石森の姉が美人で藤子Aに恋をしてたけど。その後病死した」。

「唯一の女性漫画家、水野英子がかなり過激な暴露をしてた。石森、赤塚がブルーフイルムやエロ本を見てて、『女は立ち入り禁止』って。トキワ荘の一室でエロ鑑賞会があったなんて書いてるの、水野英子だけ。他の漫画家も参加してたのかどうなのか知りたい」

「唯一の女性漫画家、水野英子が過去をふりかえり『ブサイクだけど早熟の天才の石森、美少年だけど才能がまだ開花してなかった赤塚の仲良しコンビがいてて。そこに、ブサイクな私がそこに入り込んだ三角関係』」

「唯一の女性漫画家、水野英子に、当時美少年の赤塚が性的に迫ったけど。水野英子は赤塚に『無礼者!』って定規でピシャリと叩いた」

水野英子はブサイクな石森のほうが好きだった」

 

 

 

 

 

  

 

 

それからトキワ荘の歴史に興味を持ってチェックして、その勃興の感動の物語に感動したり。

逆に、落ち目で悲惨な末路を迎えた方々の話を知って涙をして。

 

 

ちばてつやが過去の思い出で、大けがをして原稿を書けなくなったら、編集者がトキワ荘の漫画家たちに仕上げをお願いに行って。トキワ荘には漫画家やその卵たちが集まってるから、いざとなった時の工房として頼りにされてたのでしょうね。

徹夜続きで疲労困憊だった石森、赤塚、その他の漫画家たちが、ちばてつやのために仕上げを手伝ってくれたのを感謝して。そのことを書いた漫画は感動もの。

それにしても、ちばてつやがお礼もこめて書いた漫画で書かれてる、石森、赤塚って本当に魅力的。お礼も込めて書くから男前に書くだろうけど。

そのエピソードは、赤塚本人、藤子不二雄まんが道でも書かれている。

 

この男前エピソードに書かれた石森、赤塚は本当に魅力的。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男性が、他の男性の男前ぶりを書いたのは、女性の私から見ても本当に魅力的。

 

晩年の劣化時代に赤塚が女性にモテてる自慢を書いてたのなんかしょうもな~と思ってたけど。昔の赤塚は容姿も美男なら、男性の同業者から見ても敬愛できる男前ぶりなのね。

 

それと男性の同業者から書かれた石森の男前ぶりも素敵。「じゃがいもみたい」「不細工」とは書かれてはいたけど、年少でも若くして天才ぶりを発揮してバリバリ仕事をしてたから、リーダー格、親分格だったのが分かる。

だから水野英子についての伝聞で「不細工だけど早熟の天才ぶりを既に発揮してた石森、美男だけどまだ才能を発揮できてなかった赤塚が協力し合ってて。そこに不細工な私が混ざった三角関係」「美男の赤塚に迫られたけど、無礼者!と定規でピシャリと叩いた。本当に好きなのは不細工な石森のほう」とか噂されてたけど、ちばてつやの回想を見たら、石森の親分肌、男っぷりの良さは本当に魅力的だしね。

だから、石森の死後の暴露で「未亡人はすごい美人だけど金目当ての悪妻で。彼のことをチビと馬鹿にしていた」というのは哀しい。同業者かファンだと尊敬されてたでしょうけど、ファンや同業者は嫌なのかしらね? 

 

 

 

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ネット検索でたどり着いたので、古い時代の漫画家たちをおちょくったパロディ小説にヒット。

藤子不二雄A「死んだ漫画家が女子高生に転生…??」

www.pixiv.net

 

有名漫画家さんたちを、かなりひどいおちょくりようだけど、面白かった。

藤子不二雄のことをかなりおちょくってたし。

手塚治虫は嫉妬深かったとか。

赤塚不二夫石森章太郎も、おちょくってて。

笑えるけど。

ただ、テラさん、トキワ荘の成功しなかった漫画家さん(森安)が闇落ちをしたというネタには、さすがに気の毒とは思ったけど。

悲惨な末路の漫画家さん(森安)を闇落ちしたというネタにしたのは、いくらなんでもね、直球過ぎて、洒落にならないよ~。

 

 

それからトキワ荘の関係者について、ネット検索でチェックをしたら。

頼れる兄貴分のテラさんの悲惨な末路にショック。

トキワ荘の仲間の漫画家たちで成功できなかった方(森安)の悲惨な末路にもショック。

 そういう暗い話は、あんまりふれたくなかったけど。でも、これをきっかけにWIKIPEDIAや色々なのをチェックしまくって。

  

 

ネット検索をしてヒットしたのが、

ざんねんな漫画家事典 - chakuwiki

かなりきついことが書かれているけど。でも読みふけりましたよ。

 

ここで、テラさんのことを、

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手塚神に次ぐトキワ荘組のNo.2でありながら、一般人の知名度がゼロに等しいお方。
「藤子F=ドラえもん、藤子A=ハットリ君、赤塚=バカボン、石ノ森=ライダー、つのだ=恐怖新聞」あたりまでは出てくるにせよ、アニキ分である寺田を「=スポーツマン金太郎」と答えられる人はまずいないだろうし、いても読んだことある人はおるまい。


劇画やドタバタ漫画の全盛期において、手塚も苦労したがそれを乗り越えることが出来たのに対し、寺田は完全に鬱状態になってしまい、70年代前半で引退。


晩年は妻子とも家庭内別居状態に陥り、体を崩して外に一歩も出なくなってしまった。


2009年に全集が発売されるまで単行本はほとんど品切れで、「トキワ荘組のファンなら名前は知っているはずなのに、誰も読んだことがない」というUMAみたいな扱いを受けていた。

 

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 テラさんはトキワ荘伝説とともに、漫画家としての知名度はかなり上位なのね。

知名度ランキング 漫画家」で五千何百人といる漫画家でも、知名度ランキングでは上位なの。

で、五千何百人といる漫画家で最後尾のほうに、下から二番目に池上遼一、下から何番目に相原コージってビックリ! 

ただ、漫画として知っているかどうかになると、もちろん、池上遼一相原コージのほうがはるかに上だけど。作品じたいは時代とともに歴史の藻屑に消えているというほうが近いわね。

 

 

 

他にも、私の知ってるほどの有名漫画家さんについてのひどい情報が次々と流れてくる。

そういや昔、石ノ森章太郎の死後、奥様についての悪評がマスコミに少しだけ流れてきたなあ、とか。私もリアルタイムの当時、それを読んでショックを受けてたわね。いくらなんでもエグイって。

  

でも、そういう露骨な情報を知った上で、過去の偉業をほめたたえたいです。その落差で号泣して号泣してもうて。

 

 

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死んだ巨匠漫画家達の娘達が、

父親の偉大な功績を広めるための活動

 

過去の名声の遺産だけで無残な老害の醜態をさらしてる著名人、業界人で、イヤ~ねって思ってたけど。

ところが過去の感動エピソードを聞くと、その激しい落差で泣けるのね。無名から身をおこし、成功をおさめ、感動のエピソードもたくさんできて。そして衰えて。晩年は老醜をさらして。

 

過去の名声でくってた老害漫画家達の娘達が、父親の漫画家の偉大な功績を広めるための活動をしているわね。手塚の娘、赤塚の娘は有能だし、金目当てとか父親の遺産にすがってるとは思えなくて。

彼女たちの本当の気持ちは、父親の晩年の衰えた姿だけしか人々の記憶に残らないのが悲しくてしょうがなくて、過去の歴史上の偉大な功績を知ってもらいたいという気持ちでしょうね。

美空ひばりのボンクラ養子なんかとはわけがちがうでしょう。あいつは母親の遺産で食うだけでしかないやつだし。全然違う。

編集王』の老害漫画家の話と同じ構成を思い出すわね。老害漫画家は晩年に無残な醜態をさらしてるけど。マネージャーが夢の中で、その老害漫画家は過去の偉大な栄光の奇蹟を思い出し、そして次第に成金と堕落ぶりへとおちていってしまい、なんとか軌道修正をしてもらおうとしてたのを思い出してて。そして夢からさめて現実の世界に戻って。

私も再読して、号泣しましたよ。

晩年の老害と過去の偉大な栄光との落差に泣くし。過去の偉大な時を知ってもらいたいという気持ちには泣けるしね。あれと一緒でしょうね。

 

 

 

女性作家の佐藤愛子がエッセイで、偉大な父親の話を書いてて泣ける。

「父親の原稿を、編集者からつきかえされて、父親がショックを受けてて。リアリストの母がそれを読んだら『確かにね。もう時代遅れね』ってズバリと言い切って。あの偉大な父親が衰えるのかとショックを受けた」って。

この話も泣ける。

 

女性作家の佐藤愛子が父親は偉大だったという話を繰り返してたけど。その実、私は佐藤愛子の父親ってどんなのかはもう全然分からなくて。

呉智英の漫画評論で、佐藤愛子の父親のことを例えに出してたのが参考になった。

佐藤 紅緑(さとう こうろく)(1874年 - 1949年)

佐藤紅緑 - Wikipedia

佐藤紅緑は戦前に『少年倶楽部』に少年向けの大衆小説『あゝ玉杯に花うけて』(1927.5 - 1928.4)で、文学界では全然評価をされてなかったけど、当時の少年たちの感動の涙を絞り絶大な支持を集めてファンレターが殺到してたとか。一時期は絶大な人気があったけど、今現代の読者にはもう彼の小説は時代遅れで読むに堪えられないとか。そういうことか。

説明されてる設定、あらすじを読んだだけで、もう無理でしょう。貧しい少年が豆腐を売りながらも苦学をして、ライヴァルがいいところの息子なのを鼻にかけた嫌なやつで野球で勝負だってなったり色々と張り合って、最後は東大に合格してハッピーエンドって。今なら設定を読んだだけで無理って。

文語調の凝った文体で、最後「彼が東大に合格をして手を振るのを、みんなが感動してみている」という文章が引用されてるけど、これを読んだだけでもう時代遅れで無理だなって。

 

ちなみに、佐藤紅緑が『少年倶楽部』の編集長、加藤謙一に漫画の掲載を進言し、田河水泡の『のらくろ』が生まれることになる。田河水泡の『のらくろ』を1931年から、島田啓三の『冒険ダン吉』を1933年から掲載した。戦後は漫画家、手塚治虫桑田次郎らの漫画を掲載。戦前の看板の『熱血痛快』長編はもう迎えられなくなってた。

少年倶楽部』は、1949年頃からプロ野球、1955年頃からプロレス、1956年頃から漫画と、誌面が世相を追って世を挙げた漫画ブームに飲み込まれるように、講談社週刊少年マガジンと合併する体裁で、1962年12月に49年の歴史を閉じた。

 

不思議な因縁ね。少年向け熱血大衆小説作家で、権威ある文壇からはまともな評価の対象にはならなかった方が、その掲載雑誌の編集長に漫画掲載を推薦し、その後はもう少年向け熱血大衆小説の人気は衰え、漫画の方に人気が移行しちゃうのね。

 

偉大な父親が晩年衰えて老醜をさらしたり、歴史の流れで評価が落ちてしまったり、歴史の藻屑となって消えてしまったりするのは本当に悲しいものね。

過去の文化の歴史で、どういう位置にいて、どういう功績があったのかを、知ってほしいという気持ちがどうしてもおきるわね。

  

元巨匠の娘たち

 

 

巨匠の娘で、父親の威光にすがるけど無能だったのが、映画『アデルの恋の物語』 ビクトル・ユゴーの娘をモデルに映画化、晩年は精神病院。

 

 

 

佐藤 紅緑(こうろく)の娘、佐藤愛子(有能)

手塚治虫の娘(有能)

赤塚不二夫の娘(有能)

上村一夫の娘(有能)

魔夜峰央の娘(有能)

水木しげるの娘(?)

吉沢やすみの娘(有能さとメンヘラとの混交)

 

 

 

 

 

巨匠の息子で無能

美空ひばりのボンクラ養子

石ノ森正太郎の息子の俳優

 

 

 

 

 

 

 

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悲惨な末路の漫画家さんたちって、どうしたら救ってあげられてたのかしら? 何をやっても無駄? 

 

過去には大変な能力のおありの表現者が、年を取って衰えて堕落をして。 

悲惨な末路の話にはかなしい。

 

赤塚不二夫 - Wikipedia

 

寺田ヒロオ - Wikipedia

 

森安なおや - Wikipedia

 

歴史に「もしも」「あの時にこうしていれば」はないけど。でも、なんとかサポートできなかったのか?とクヨクヨ悩むのでしょうけど。

 

まわりが必死でサポートをしても無駄だったというのがほとんどでしょうね。

 

赤塚不二夫の元ブレーンだった方、長谷邦夫赤塚不二夫のアル中ぶりにはあきれて別れたと言うことがかかれてたし。

 

トキワ荘の頼れる兄貴分として伝説のテラさんが、実は晩年はアル中の引きこもりで家庭内別居で、奥様が漫画家仲間にテラさんのことで相談したけど。相談をされた赤塚不二夫自身がひどいアル中でどうしようもなくて、長年のブレーンの長谷邦夫もついに赤塚を見捨てたとか。古くからの仲間でさえ、どうしたらいいのか救いようがなかったのね。

 

トキワ荘の漫画家さんたちについても、売れないのもいてて。ダメな部分のエピソードだらけだったとか。 

才能はおありでも、森安の晩年も哀しかったとか。

ダメな者はダメだったのでしょうね。

 

 

 

 

 まわりが必死でサポートをしても無駄だったというのを懇切丁寧にまとめてた例をもう一つ。

 

元漫画家だった鴨沢祐仁(かもさわ ゆうじ)

鴨沢祐仁 - Wikipedia

彼の死について松沢呉一の有料メルマガで懇切丁寧に書いていた。

鴨沢のことを、松沢やまわりの人々がなんとか再起できるように色々とサポートし、がんばってきたけど、ダメだったって。どうあがいても無理な運命だったのだろうって。

アル中で、生活保護で。

それでいて浪費家だったとか。

無邪気で無神経だから、生活保護受給者なのにブログでは美味しそうなレストランでの食事の写真を毎回のように掲載したりとかするものだから、読者からの批判が殺到したりしたとか。

漫画の能力があるのに、いくら周りが再起をうながしても漫画を書かないし。

せっかくのいいチャンス(ミュージカルの舞台の『アニー』のイラストの仕事とか)があっても納期までに間に合わせようとはしない。パソコンを利用して時間を短縮させたらいいのに、マニアに手書きの原画を高額で買ってもらうのを夢見て手書きにして、手書きだと大変な手間と時間がかかるのに、しかも納期から時間を逆算して間に合わせようということができなかったとか。

漫画を書かないくせに、出版後に記念パーティが開催されて賛美されるのばかりを夢想するのは好きだったとか。

漫画を書けばいいのに、それでいて登山が好きで山には行って遭難しては迷惑をかけたりするから、だからまわりは「もう登山はやめておけ!」といくら言っても、それでも登山をやめなかったり。

あかんエピソードだらけだったとか。

 

後世の読者達は「彼をどうしたら救えてたのでしょうか?」とついつい考えてしまうけど。

救えないのがほとんどで、救える方が奇蹟だと思わないと、救えなかった方の周りの方々にお気の毒でしょうね。

 

私自身、ただの般ピーから救援を求められたことがあったけど、救助にかけつけたり相談に乗ってきたけど、でもこっちまで精神的にやられるのでもう無理ですと断りましたよ。その体験談を他の方々にも参考にしてほしいのでまとめましたよ。

 自分自身、こういう経験があったので、トキワ層の人脈がお仲間の哀しい晩年に対して対処できなかったことについて、後後から「あの時に何かできなかったのか?」と批判する気は全然ないですしね。

 

思いつくままに 生活保護、母娘家庭、精神病患者から救援要請された経験者からの体験談と助言

 

 

 

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ただ、私たちにできるのは、有名漫画家さん達の晩年の老害ぶりも正直に明かした上で、その上で過去の偉大な奇跡や業績や貢献を伝えることだけでしょうね。

 

構成は、『編集王』を参考にします。

晩年のダメぶりを明け透けに暴露した上で、過去の若い頃の偉業を書かれたら、もう涙腺崩壊するわね。

 

 

それとか映画『『いつも2人で』(Two for the Road)を参考にしますね。

1967年のアメリカ映画。 

 

 

 

オードリー・ヘプバーンの中年期の代表作の一つ。スタンリー・ドーネン監督のしゃれた演出が光る。

中年になって夫婦仲が悪くなった夫婦が過去の思い出の土地を車で訪ねるけど。演出で時間軸をバラバラにして。

中年の夫婦仲の悪くなった夫婦のいるその同じ道では、過去の若い頃の二人がいてて、愛し合ってたり。その落差と対比とが洒落ている。

男は最初は「こんなダサい女なんか論外」と邪険に扱ってたり。二人は喧嘩をしたり。愛し合うようになったりしてる。そのシュールな描写と落差がしゃれてる。

 

年老いた漫画家が晩年では、もう古参の漫画ファンや若い世代の漫画愛好家たちから「老害」「落ち目」「惨め」とあきれかえられてるけど。

過去をふりかえれば、その同じ場所では、過去に若い頃の彼らが熱い活躍をしている。

そういう落差を見せつけて、涙腺を崩壊させたいわね。

 

 

 

 

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 いつか特集を組みたいな。

編集王』のマンボのモデルみたいな芸術家特集って。

晩年は過去の名声の遺産の残りかすみたいな元巨匠だったけど、その全盛期をあえて知ってほしいと。

 

梶原一騎

赤塚不二夫

手塚治虫

石ノ森正太郎

藤子不二雄

ジョージ秋山 

 

 

晩年は過去の名声の遺産でなんとか

藤子不二雄

石ノ森章太郎

ジョージ秋山 

松本 零士

水島 新司

さいとう・たかを

小林よしのり

本宮 ひろ志

永井豪

 

魔夜峰央

池田理代子

美内すずえ

 

 

自分では書いてないのでは?

赤塚不二夫

石ノ森章太郎

さいとう・たかを

本宮 ひろ志

美内すずえ

 

 

 落ち目の漫画家を陰で支える感動の功労者のモデルは?

長谷邦夫

 

 

 

 

 

歴史の藻屑に消えそうな方々

佐藤紅緑(こうろく)

寺田ヒロオ

森安なおや

上村一夫

吉沢やすみ

 

 

「歴史の藻屑に消えそう」と書いたけど。

漫画の歴史で後世に与えた影響は大きいし、今見ても魅力的なのを、なんとか伝えたい。

 

田中圭一のペンと箸―漫画家の好物ー】第14話:『同棲時代』上村一夫ゴールデン街

r.gnavi.co.jp

 

ここでの娘さんからの上村一夫への思いは感動的。それをイタコ漫画家田中圭一が憑依して伝えたのは本当に偉大な業績。ここで上村一夫タッチの絵柄で娘さんが涙ぐんだ絵の美しさ。

 

上村一夫の絵の美学は、後世に吉田秋美にも影響を与えてた。

 

上村一夫の娘が、父親の偉業を伝え続けたいという気持ちは本当でしょう。

 

 

 

 

 

 

元巨匠の娘たち

ビクトル・ユゴーの娘(無能)

映画『アデルの恋の物語』 ビクトル・ユゴーの娘をモデルに映画化、晩年は精神病院

 

 

佐藤 紅緑(こうろく)の娘、佐藤愛子(有能)

手塚治虫の娘(有能)

赤塚不二夫の娘(有能)

上村一夫の娘(有能)

魔夜峰央の娘(有能)

水木しげるの娘(?)

吉沢やすみの娘(有能さとメンヘラとの混交)

  

 

巨匠の娘で、父親の威光にすがるけど無能

 

 

巨匠の息子で無能

美空ひばりのボンクラ養子

石ノ森正太郎の息子の俳優

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日本の漫画、映画『少年時代』と、韓国映画『われらの歪んだ英雄』との違いで、見えてくること

日本の漫画、映画『少年時代』と、韓国映画『われらの歪んだ英雄』との違いで、見えてくること

 

5CHの「少年時代」のスレで、

「韓国の映画で、日本映画の「少年時代」のパクリみたいなのがある」「『われらの歪んだ英雄』」って書かれていて。

 

 

藤子不二雄Aデジタルセレクションで、最初の一冊だけ無料で読めるようにしてあって、『少年時代』の第一巻が無料で読めますよ。

 

fujiko-a.com

 

 もしよかったら、2巻目以降、買って読んでください。

 

今は図書館でも、漫画を置いてあるところもあるから、よかったら探してみて。

私の地元の図書館でも、分厚い単行本が借りれましたよ。

 

  

AMAZONのDVD販売 

 

 

 

 

韓国映画『われらの歪んだ英雄』

 

 

 

面白そうだからチェックしてみて。

 

日本映画の「少年時代」とかなり酷似している。これはもうかなりの影響を受けてるわね。

 

ただ、違いもかなりある。 

その違いで、国民性の違いや歴史の違い、文化の違いを分析できると面白いわね。

それと、どこにどう魅力があるのか、魅力が無いのかの違いも分析できると面白いわね。

 

私なりの視点だけど。 

日本の映画『少年時代』で腐女子のハートを直撃されたから、その路線をぜひって期待をしてたから、そういう意味では期待を裏切られてしまったのね。

韓国映画『歪んだ英雄』には、主役の二人に、せっかくルックスのいい若い少年俳優たちを出しているのに。

色気が全然ない。

女性観客向けに美少年俳優を堪能するような要素もない。

同性愛や恋愛を邪推できる要素なし。全然、萌えポイントなし。そこが惜しいわね。

それと通俗的な商業的な性的魅力がないわね。

 

藤子不二雄の漫画や映画版『少年時代』みたいな、感動の和解もないし。

カタルシスもないし、ラストの感動もないし。

 

 韓国映画『歪んだ英雄』は、作品としての質も高いし、監督としての演出の実力はおありなの。政治性、社会的背景との咀嚼、芸術性、文学性もあるの。

でも、美少年ファン好き、BL、萌えるの希望の観客をもだえさせるような性的魅力がないの。何度もリピートしたいと思わせる性的魅力もないし。感動ポイントもないし、商業性もないわね。

地味な展開で、ラストの終わり方も地味で陰鬱だし。

 

やっぱり、藤子不二雄A『少年時代』には読者アピールの大衆性と感動ポイントがあったし、映画化も観客アピールする少年萌え、セクシーさ、キュンキュンさせる部分、感動ラストがあったわね。

 

 

それと藤子不二雄の漫画や映画版『少年時代』を見てから、韓国映画『歪んだ英雄』を見ると、話の展開がおかしいとか理不尽に感じてしまってしょうがなくって。 

まあ、これはね、日本の戦後史と、韓国の戦後史とでは全然違うから。

 

日本の戦前戦中は、日本の土着の国民による軍国主義者の支配で。

それからアメリカSCAP(GHQ)支配で、その後ろ盾を得た民主化政権の押し付けで、その暗部もある。

 

でも韓国の政権の歴史は、戦前戦中は日本支配で。

でも戦後はアメリカから押し付けられたとんでもない独裁者の暴走の長期政権で、これはこれでもっとひどすぎたという。

 

日本の戦前戦争中の軍国主義から戦後民主主義への移行と、韓国の李承晩(り しょうばん、イ・スンマン、1875年 - 1965年)政権から別の政権への移行とを、同様に扱えないのでしょうしね。

『少年時代』のガキ大将(戦前の軍国主義の時代の暗喩)の設定をそのまま、『われらの歪んだ英雄』(李承晩政権の暗喩)のガキ大将に置き換えるわけにはいかなかったのでしょうね。

『少年時代』のガキ大将(戦前の軍国主義の時代の暗喩)に感じられたのと同じような憎しみの中にひそかに含まれる愛、感動、和解を、『われらの歪んだ英雄』(李承晩政権の暗喩)のガキ大将にそのまま置き換えるわけにはいかなかったのでしょうね。

李承晩政権はいくらなんでもひどすぎたから、民衆との感動の和解の可能性を置き換えるわけにはいかなかったのでしょうね。

 

李 承晩(り しょうばん、イ・スンマン、1875年 - 1965年)の経歴をみたら、こらひどいわ。

 

ja.wikipedia.org

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1875年3月26日 - 京畿道開城市近郊の黄海道平山郡馬山面大慶里(現・黄海南道峰泉郡)にて生誕。
桃洞書堂で漢学を学ぶ。
1896年 - アメリカ人のキリスト教宣教師アペンセラーが設立した培材学堂で学び始める。
1896年 - 徐載弼(ソ・ジェピル)の「独立協会」の結成に中心メンバーとして加わる。
1897年 - 培材学堂在学中に高宗退位要求の檄文散布に加わり投獄される。投獄中にプロテスタントの監理教会派に入信。
1904年 - 特赦による出獄後、アメリカ合衆国に渡る。
1907年 - ジョージ・ワシントン大学で学士号取得。
1908年 - ハーバード大学卒で修士号取得。
1910年 - プリンストン大学政治学博士号取得。博士論文は「アメリカの影響を受けた永世中立論」。この年、帰国する。
1911年 - アメリカに亡命。
1913年 - ハワイに定住。
1919年 - 中華民国の上海で大韓民国臨時政府樹立。李承晩によってワシントンD.C.に欧米委員部設立。
1920年 - 大韓民国臨時政府大統領に推される。しかし派閥抗争から失脚。ハワイに拠点を移す。
1933年 - 満州事変を討議する国際連盟総会に大韓民国臨時政府全権代表として出席。
1934年 - オーストリア人のフランチェスカ・ドナーと結婚。
1941年 -『日本の内幕記』を著す。日本の対米宣戦を予告。
1945年 10月 - 日本の降伏と朝鮮解放に伴い、在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁直接統治下の朝鮮半島に帰還。
1946年 2月 - 大韓独立促進国民会を結成。総裁に就任。
1948年4月3日 - 済州島四・三事件反乱鎮圧。
1948年8月15日 - 朝鮮半島南部単独で大韓民国政府樹立を宣言。初代大統領に就任。
1948年 10月 - 連合国軍占領下の日本を非公式訪問(ダグラス・マッカーサーGHQ司令官などとの会談のため)。
1948年10月27日 - 麗水・順天事件反乱鎮圧。
1948年12月1日 - 国家保安法を制定。
1949年6月5日 - 国民保導連盟を組織させる。
1949年12月24日 - 聞慶虐殺事件
1950年6月25日 - 朝鮮戦争勃発。
1950年 6月 - 国民保導連盟の加盟者や収監中の政治犯など、少なくとも20万人あまりを大量虐殺(保導連盟事件)。
1951年 1月 - 前線で戦闘中の将兵の物資を転売し着服(国民防衛軍事件)。
1952年1月18日 - 海洋主権宣言。「平和線」、いわゆる李承晩ラインを設定する。
1952年5月26日 - 戒厳令を施行し、反対派議員を監禁・憲法改正を強行(釜山政治波動)。
1953年7月27日 - 朝鮮戦争休戦。
1956年5月15日 - 大統領に3選。副大統領には野党の張勉が当選。
1958年 - 進歩党党首の曺奉岩をスパイ容疑で逮捕。1959年7月に処刑。
1959年 - 新潟日赤センター爆破未遂事件。
1960年 - 3月15日 大統領選挙。不正選挙が問題となり野党や国民の批判が公然化。
1960年4月19日 - 不正選挙を糾弾するデモ隊と警官隊が衝突。死者186人。4月26日に下野を表明し、5月29日にハワイへ亡命(四月革命)。
1965年7月19日 - 亡命先のハワイにて90歳で客死。

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李承晩は人生の過半を韓国の外で暮らした人。
李承晩は国際結婚。奥さんはオーストリア人で、25歳年下の人らしい。スイスで食事した時にたまたま相席になり、それがきっかけで58歳の時に結婚という。
大韓民国臨時政府がなんの実態もなく、李承晩がトップになれたのは、単にメソジストでアメリカ通だったという理由にすぎない。
李承晩は 米国 ジョージワシントン大 ハーバード大卒、妻がオーストリア人。敗戦まで日本から亡命して終戦まで米国にいた実質米国人。政権追放後の亡命先もハワイ。竹島占領は米国指令。北鮮領ソ連基地化防止のため。

 

韓国の戦後の李承晩大統領の長期政権の時代を背景にしていて、映画のガキ大将もその暗喩にしているのだから。

李承晩ってのは、実はアメリカ政権から押しつけられただけで。奥さんが白人女性で。最後はハワイに亡命か。

韓国の土着の人民からしたらもう、愛情を持てる要素ないのでしょうね。

 

これが『少年時代の』のガキ大将(戦前軍国主義の時代の暗喩)だと、地元の土着の人というのが重要。

「暴君だったけど。実はいいとこあったのに(懐古)」「仲間を、他からの暴力や宝物の略奪から守ってくれてた恩義がある」「家父長制的な家長の温情があった」とか愛情持てる要素があったけど。そういうのが無いのね。

 

★ 『われらの歪んだ英雄』のガキ大将が実はカンニング・・・というのも痛い設定やなあ~。

 

これも、李承晩はほとんど欧米在住のほうが長くて奥さんも白人女性で、アメリカ政権から押しつけられただけで、しかも不正選挙じゃないかと抗議デモがおこってたし、そういうのを背景にしていて、『われらの歪んだ英雄』の田舎のガキ大将もその暗喩なのでしょうね。

 

 

『少年時代』のガキ大将だと、家が貧乏だから不幸なだけで、実際は壮絶な努力で優秀な成績と喧嘩能力を身につけてサバイバルをしてきたのだし同情できる部分もあったのだし尊敬されているからね。

家が田舎の土着の貧乏人の家の子で、都会からの富裕層からの疎開っ子のシンイチや金持ちの御曹司のケンスケへの嫉妬もあったのかと同情できる部分もあるし。金持ちの御曹司のケンスケが「タケシは家が貧乏だから中学進学なんて無理だよ」と言われてでかわいそうで。でも最後に奨学金を得て中学に進学できて、でもその後交通事故で死んだという悲劇の設定で、同情できる設定だったのに。

 

★ 反ファシズムの暗部の暗部の描写が甘い

 

『少年時代』だと、元のガキ大将タケシに対して反旗をひるがえすケンスケは弱者たちも含めて大勢をまとめたけど。彼に追随する勢力の暴力制裁のひどさも描写してたし。

これは日本の戦後の民主化政権以降の暗部を暗喩するキャラクターなのでしょうね。かえって元のガキ大将タケシへの同情をひきおこす描写があるのに。

 

『われらの歪んだ英雄』では、もういきなり!勧善懲悪の善玉役みたいな新任の教師が現れて、学級会でガキ代償をつるしあげるというあまりにも唐突な勧善懲悪みたいな設定で。

この設定にはモヤモヤするわね。私からしたら、ギャグか皮肉か?と裏読みしちゃうわね。

なんで、「新時代のリーダーもひどいし、その制裁も過剰過ぎてかえって糾弾された側に同情がおきた」というような設定にしなかったのかなあ?

今までガキ大将にへいこらしてた同級生達が一気に「あいつは悪いやつだー!」って文句を言い出す醜さって程度で。

正義の主人公は違和感を表明するために「何もありません」だけで。そして他のおつむの弱そうな生徒が泣きながら「おまえらだって悪かったんじゃないかー!!」って違和感を表明する程度で。

韓国での政権移行のひどさをもっとリアルに皮肉に描写したらいいのに。そういうのって、やりにくいのかなあ?

 

 

★ 『われらの歪んだ英雄』のガキ大将が学校に放火して行方不明、って設定に唖然・・・

 

ガキ大将が放火して逃亡って(唖然)・・・

理不尽というかなんというか・・・

そういういう理不尽で唐突な設定には、違和感を感じたし魅力を感じないわね。

普通の常識なら、生徒が学校に放火したら警察に被害届を出して、警察も威信にかけてでも捜索をして逮捕して少年院送りでしょうに。

 

 これも、李承晩大統領への抗議が殺到したので最後はハワイに亡命して数年後には死亡したというのを反映しているのでしょうね。

これが、『少年時代の』のガキ大将だと、抵抗勢力、反ファシズム、戦後の民主化勢力からの暴力制裁をされてて、それが制裁側もやり過ぎてて、かえって逆に同情をよんでしまってたからね。戦後民主化の暗部も暗喩されてたし。そして、対等の関係と和解への可能性がかかれてたのにね。

 

★ 最後は、主役とガキ大将との感動の和解の可能性がなく、

そのまま行方不明

って尻切れトンボの理不尽な設定、暗い結末なのも痛い

 

普通の常識なら、生徒が学校に放火したら警察に被害届を出して、警察も威信にかけてでも捜索をして逮捕して少年院送りでしょうに。

 

何十年後になって恩師の葬式になってから、例の行方不明のガキ大将が来るか来ないかでグダグダしてて。警察は何をしとるのよ?

 

結局は来なかったけど、花束を送ってきたというのも変だし。いや、警察もその花束の送り先を調べて逮捕するとかしないのか?

 

これも、李承晩大統領への抗議が殺到して、最後はハワイに亡命しその数年後に死亡したというのを反映しているのでしょうね。

これが、『少年時代の』のガキ大将だと、抵抗勢力、反ファシズム、戦後の民主化勢力からの暴力制裁を受け入れてて、それがやり過ぎてて、かえって逆に同情をよんでしまってたからね。戦後民主化の暗部も暗喩されてたし。そして、対等の関係と和解への可能性がかかれてたのにね。

 

 

 戦後の歴史がもう全然違うから。

『少年時代』の感動ポイントをそのまま置き換えるわけにはいかなかったのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

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 話飛ぶけど。

 

これがもし、設定を戦前、戦争中の朝鮮半島にして、日本本土から来た成績優秀なリベラルな家庭のおぼっちゃまが、朝鮮半島の生粋の土着の朝鮮人で貧乏人のガキ大将に翻弄されるという設定にしたら、話がもっともっと強烈になってたやろうなあ~。

 

 5chのスレで、主役のタケシ役をやった俳優について、

「日本人が思い浮かべる朝鮮半島系のイメージもある」

「得体が知れず、異文化で、何をしでかすかわからず、暴力的で」

ってたしかに。

 

 

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韓国で置き換えるなら、

都会からの転校生のほうを”謎めいた悪者”にすべき、土着の田舎の人々を被害者にすべき

 

 

韓国人が、日本の漫画や映画の『少年時代』を見て、それから影響を受けて映画作ってくれるのは大歓迎だけど。お互いに影響しあうのはいいことなんだし。

映画の『少年時代』の美少年を腐女子向けにもっとキュンキュンさせてくれるのを作ってくれたら私はうれしいけど。

そうじゃなかったのは私個人的にはガッカリだったわね。

 

韓国の政権の腐敗と民衆の苦悩を、小学生の少年達の人間関係に暗喩するという設定をまねするのはいいけど。 

日本の『少年時代』のを借りたからおかしい。善玉の主人公が都会から田舎に汽車で行くという設定をかりたからおかしいのね。

日本の戦前から戦後の歴史が、韓国の歴史とかなり違うから、同じ設定は不可能なのね。

 

戦前の日本による統治時代を暗喩するガキ大将という設定にすると、これはこれでまずいわね。

戦前の日本による統治時代を暗喩するガキ大将が横暴だったという設定はいいけど。

そしてクーデターがおきてボコボコにしてって設定でもいいけど。

でも新時代の韓国政府の新大統領の李承晩を暗喩するリーダーが暴走するのも嫌でって設定にするのもいいけど。

でも最後に、「戦前の日本による統治時代を暗喩するガキ大将が涙のお別れをしてくれて感動、対等な和解の可能性」、なんてやると、韓国人の大勢からしたら、国民としてのアイデンティティに傷つけるからね。

 

韓国政府の新大統領の李承晩を暗喩するガキ大将を設定にしたのが、『われらの歪んだ英雄』だけど。

これも、韓国政府の新大統領の李承晩を暗喩するガキ大将に対してクーデターがおきたという設定をしたのはいいけど。

でも、「新時代のリーダーもひどい横暴だ」というような批判はやりにくいのかな。

それと「韓国政府の新大統領の李承晩を暗喩するガキ大将と涙のお別れをして、和解の可能性を模索できればいいというよう感動のラスト」という設定もできないのでしょうね。いくらなんでも、李承晩政権はひどすぎたからでしょうね。

 

だいいち、『少年時代』のような「都会の少年が田舎に行って、田舎のガキ大将との愛憎」という設定自体、韓国の歴史をかえりみたら、そういう設定で置き換えるのは無理でしょう。

 

設定が逆でしょうね。

『少年時代の』の設定の「主人公が汽車に乗って田舎に行ったら、田舎者にひどいめにあわされた」という影響を受けているけど。でもその設定では、韓国の映画に置き換えるのは無理。

「都会から田舎にやってくるやつのほうが悪い侵略者で、田舎の土着の方々が困惑する」というほうが似合ってる。

 

韓国の戦前戦後の歴史が、日本に統治されたり、アメリカのモロ手先に間接支配されたりの連続だから。 

 

 

韓国でおきかえるとしたら。

外部から優秀な転校生がやってきて、学校を支配するという設定のほうが韓国にはあってるわね。

『謎の転校生』とか。

 

 

でも、謎の転校生のあらすじだけど、謎の転校生は宇宙からの避難民で、最後は地球人と融和して溶け込むというハッピーエンドだったし。

韓国の歴史の暗喩では、この設定は使えないわね。

 

ライアーゲーム』の脇役のカリヤのほうに近いわね。バッドエンドだけど。 

 

 

 登場人物の一人が「実はカリヤに昔いじめられてた。というより、俺だけじゃなく、学校全体がいじめられてた」と過去を語り出して。

「カリヤが学校に転校してから、知力と金とで悪い不良達を一気に支配下に置いて、それからは学生全体を支配下に置いて圧政をしいて」。

「そしてカリヤはいきなり去ったけど、その後は平和にはならずにかえって不良達の勢力争いで群雄割拠状態に名ってしまった」

 

もちろん、バッドエンドにして。

そういう風に、韓国の風土にあうようにしたらいいわね。

大人社会の権力闘争を、小学校の男子生徒達の権力闘争に置き換える、という設定だけは借りて。でも、全く別物にしたらいい。

 

美少年同士の愛憎相半ばする設定とか萌えとか、腐女子向け設定は難しいかな。

最後の感動の和解の可能性の示唆も難しいかな。

最後の感動の結末にして後味をよくするというようなのも難しいかな。

 

 できれば、美少年萌え映画にしてほしいんだけどね。

 

 

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藤子不二雄『少年時代』、気になるトリビア

藤子不二雄『少年時代』、気になるトリビア

 

 

 

藤子不二雄『少年時代』の漫画で、あの世代と今現代の私との異文化ショックを、色々まとめます。

 

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藤子不二雄Aデジタルセレクションで、最初の一冊だけ無料で読めるようにしてあって、『少年時代』の第一巻が無料で読めますよ。

 

fujiko-a.com

 

 もしよかったら、2巻目以降、買って読んでください。

 

今は図書館でも、漫画を置いてあるところもあるから、よかったら探してみて。

私の地元の図書館でも、分厚い単行本が借りれましたよ。

 

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敬愛する川本三郎先生の『映画の昭和雑貨店』みたいなの。

川本先生のには、映画『少年時代』のは載ってない。この映画が作られたのはリアルタイムのじゃなくて過去の復元だからでしょうね。

 

 

 

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藤子不二雄『少年時代』の漫画で、驚いたのが。

 

 

バナナ

 

富山のガキ大将がバナナを食べたことがないって! そうだったの?!

都会からの疎開っ子の主人公のシンイチは食べたことがあるし、東京に戻ったら送ってあげるって。当時の田舎って、そんなに違いがあるの?

 

かりんとう

 

ガキ大将に子分たちが貢物をするように圧力がかかってきて。

都会からの疎開っ子の主人公のシンイチは、貴重なカリントウをガキ大将に貢物をすることになって。

当時の田舎の子たちはカリントウを食べたことがないので驚くし、一度食べてみたいって。都会からの夢の高級なお菓子なのね。そのいじめっ子の一人が、大慌てで一個だけ食べたからどういう味なのかが分からないからもっとほしいって。

それから大騒動、暴力制裁にまで発展って。

この描写には驚く。

 

今時の私らからしたら、カリントウなんてもう、時代遅れ。全然ほしくない。せいぜい、お仏壇に供えるようなのでしかないし。口がおごってきて、贅沢になってきたし、新商品の流行のスピードがすごいのね。

 

ドラえもんで、ドラ焼きが大好物、いうのも古い。

せいぜい、老母が大阪の中心に行くと、焼き立てのホカホカの回転焼きを買ってくるけど、ホカホカの熱々でギリギリやったね。

ドラえもんのエピソードで、和菓子屋さんが落ち目で客が全然こないから協力してあげようとしたけど失敗をして。もう店じまいだからって好きなだけ食べたてほしいって。ドラえもんらがその美味しそうな食べっぷりが大勢に生中継をされて、店が繁昌するっていう落ちだったけど。

ドラ焼き、きんつば、とか。今の私からしたらもう古い和菓子やね。

 

 

ござぼうし、わらぐつ

 

あの当時の富山の田舎でさえ、すたれてたとか。

漫画では、大雪が降ったので疎開先の尼さんから主人公にござぼうしと藁靴をすすめられたから着ていったら。地元の田舎の子らは誰も着ていなくて。女学生が「まあ、かわいい」と言ったら。いじめっこらがいじめるようになって。

 

 

ところが、映画では、そのござぼうし、藁靴がすたれているという描写はなくて。

大雪のシーンでは、ガキ大将グループには、普通の学生服の子らもいれば、ござぼうし、藁靴の男の子らがいてて。

私も、ござぼうしとわら靴の子の子供達にかわいいいよ~とキュンキュンきたわね。

 

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映画『少年時代』ござぼうし

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映画『少年時代』ござぼうし、藁靴

 

 

映画としては2時間までの短時間だから、漫画で主人公がござぼうし着ていじめられたってエピソードをいれるのは時間がかかると省略をしたか。

それか、昔の田舎の子がござぼうしと藁靴を着ている写真に、今現代の観客がもだえると狙ったか。私はもだえたし、それでもいいけど。

 

それと主役を演じた子役はやっぱり今時の子で、丸坊主はイマイチ似合って無くて、帽子にフカフカの耳当てのほうが似合ってるなと思った。髪型もフワフワにしたほうが似合うのでしょうね。学生服に帽子にフワフワの耳当てをすると欧米文化の子供みたいで、そっちのほうが似合うわね。

だから、ガキ大将役の子が、丸坊主も古い時代の衣装も似合ってるというのが奇蹟なのね。もちろん、ガキ大将役の子が、雪の中を学生服とマントで自転車で駆けつけるシーンも似合ってるし。どちらも似合ってるのね。奇蹟だわ。

 

 

戦艦陸奥のバックルって?

 

漫画では、バックルの争奪が重要なエピソードになってたけど。

漫画では、旭日旗のバックルで。

映画化では、戦艦陸奥のバックル。

 

戦艦陸奥のバックルって? 

ネット検索で調べたら。これは特殊で、映画『少年時代』の中だけの小道具としてしか見つからないの。かなり特殊なやつみたいね。

 

富山県での『少年時代』についての貴重な資料と講演会

2012年12月8日~2013年2月25日

 

富山が育んだ少年時代

チラシで、座談会などの大まかな内容

公開座談会の参加者の一人に、藤子不二雄A氏ってあるけど。
後で手書きでの注意で「ビデオレターでの参加であり、本人は出席されません」って。

 

富山が育んだ少年時代

 

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富山県での2012年『少年時代』貴重な資料と講演会チラシ2枚目

 

 

 映画で使われた戦艦陸奥のバックルも展示されてたとか。

 

 

 

 軍国時代の鉢巻き

 

後でネット検索をして知ったのだけど、当時の掲載されてた少年史の表紙に、タケシの軍国鉢巻姿が大きく載ってたのね。

戦後の反戦教育、戦前の軍国時代否定の教育を受けたものとしては、ヒヤリとするわね。

内容を見たら、タケシを含め他の少年たちも横暴で暴力的で批判的に書かれてたし。それでいて戦後の民主化の暗部を象徴するケンイチも登場させてたし。漫画の内容としてはバランスがとれてたわね。

 

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日の丸のはちまき

 

日の丸のはちまきって、今現代の戦後民主主義教育の私からしたら、ヒヤリ、するわね。

それに更に、戦前の軍国主義の漢字も含まれていると、ヒヤリ、するわね。

 

行動保守界隈がデモ街宣でヘイトスピーチで。

それへのカウンターが殺到して。

でも行動保守界隈ってショボくてかわいいキモオタくんってかんじのもいてて、キュンキュンするのもいてたわね。日の丸の鉢巻きしている男性の中には、かわいいのもいてて。デモ、今はどこかに消えちゃって残念。

 

 

 

 

映画化で驚いたのは。

 

予告編を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ツーツーレロレロ」って唄

 

予告編で「ツーツーレロレロ」って唄。

聞いたことはあるけど。

ガキ大将が、都会からの疎開っ子に唄えと強制をして、都会っ子が「あんまり知らないし」って。そして泣きだす。

 

私もその歌、よう歌わんし、知らんわ。

でも「ツーツーレロレロ」ってフレーズとメロディだけ、なんかで聞いたことあるわね。

ネット検索で調べたら、「ツーツーレロレロ」って、お笑いタレントのコンビの名称のが有名で、唄については専門のまとめがないのね?

 

ツーツーレロレロ - Wikipedia

 

  ネット検索で色々探して。

美ち奴『シャンラン節』、1943年発表された曲だとか。

  

上方座敷歌の研究

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昭和18年(1943)。南国調のメロディに、兵隊達(南方戦線)が七五調の歌詞をつけて歌い始めた。従って替歌は数多い。

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南国調の歌詞は以下、

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暗いジャングル チャンテが通う
にわか雨ならよそに降れ よそに降れ 

ツーツーレロレロ ツーレロ
ツレラレトレツレトレシャン
ツレラレトレ シャンランラン

 

嫁にゆく日はドリヤン頼む
わしはいらぬが親たちに 親たちに 

ツーツーレロレロ ツーレロ
ツレラレトレツレトレシャン
ツレラレトレ シャンランラン

 

チャンテ夜更けに踊りがはずむ
月の出る夜は なおはずむ なおはずむ  

ツーツーレロレロ ツーレロ
ツレラレトレツレトレシャン
ツレラレトレ シャンランラン

 

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元々の歌詞に、その後色々な替え歌ができてきて。

卑猥なお色気の春歌の歌詞の替え歌もできたとか。

ひわいな歌詞と歌唱は以下、

上方座敷歌の研究

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1. ツーツーレロレロツーレロ
ツレラレトレツレトレシャン 
ツレラレトレ シャン ランラン
うちの父さん狐か狸 夜の夜中に穴さがす

2. ツーツーレロレロツーレロ
ツレラレトレツレトレシャン 
ツレラレトレ シャン ランラン
うちの母さん洗濯好きで
夜の夜中に棹さがす

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 以下のサイトに、卑猥な歌詞の替え歌がたっくさんまとめられています。

http://taihou.web.fc2.com/newpagexxtuutuu.html

 

その後、小林旭ドリフターズが歌詞をアレンジして替え歌で発表したとか。

小林旭のツーレロ節は1960年。

ドリフターズのツーレロ節は1971年で。

私が「♪ツーツーレロレロ♪」ってフレーズとメロディだけ、うすぼんやりと知ってるのは、そこ経由か?

 

 

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エンタメの左翼共産党キャラ、魅力的なのと悪役と メモ保存

 

 

 

 

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 以下の続きです

 

 

noranekonote.hatenablog.jp

 

 

noranekonote.hatenablog.jp

 

 

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漫画『少年時代』のタケシの軍国ファッションには、戦後民主主義教育の私はヒヤリとするけど。

 

 

戦後民主主義教育の私は、「日の丸、旭日旗、戦前、戦争中の軍国ファッションには唾棄すべきもの!」と言う教育を受けてきましたからね。

 

それと右翼が大嫌いだし。

RKさんが、「右翼は実は反日朝鮮半島系だらけ。北朝鮮系の反日朝鮮半島系が右翼を偽装して、日韓対立、日中対立を扇動のドス黒い謀略活動をしている」

右翼が「ころせー!ころせー!朝鮮人!」って拡声器でわめいていたなあ。

行動保守界隈、ヘイトスピーチ反対活動が、日の丸や旭日旗の旗をふりかざし、日の丸の鉢巻きをして、ヘイトスピーチを吐くのもいやね。

 

ただ、行動保守界隈は、オラオラのドキュン系統か、ショボくてかわいいキモオタくんが混在してて。

ショボイ背の小さい男の人が日の丸鉢巻をして街宣やデモに参加をしていたけど、彼に対しては、なんか嫌いじゃなかった。心の中で「旗坊」とニックネームをつけてた。なんか、ショボくてかわいいキモオタ君って感じがして、なんか、かわいいのお~キュンキュンしてた。

 

 

 

だから、漫画『少年時代』のタケシの軍国ファッションには、戦後民主主義教育の私はヒヤリとするけど。

 

ネット検索をしたら、古い少年マガジンをメリカリで販売してる画像を見つけました。

 

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少年マガジンの表紙の軍国ファッションにヒヤリ

 

古い少年マガジンの表紙で、新連載の宣伝アピールで、タケシが軍国ファッションをしているのはあるけど。

それと単行本化するにあたって、軍国ファッションをしているのが使われているけど。

 

でも漫画『少年時代』のタケシはまだ小学生で、貧乏な農家の子だから、いつも当時の普通の子供の服装しかしていないわね。シャツにズボンに草鞋程度で。

 

ただ将来の夢として、中学に入り(当時の少数の成績優秀で裕福な子にしか無理)、軍隊に入ることを夢想するシーンはあったけど。

 

今現代の 戦後民主主義教育の私からしたら、ヒヤリとするけど。

 

タケシには、ひどい横暴な部分だらけだけど。主人公を助けるいい部分もあるの。

 

この漫画には、戦後民主化の暗部も暗示するキャラクターも描写されている。

裕福な家の子で成績優秀な子で、タケシを権力の座から追放するけど。

 

漫画の顔がどう見ても、

小学生には見えん、

って欠点がある。

 

漫画の世界では、左翼か共産党の活動家みたいなステロタイプの顔で。漫画の世界で、小学生の顔には見えんな。

 

藤子不二雄Aは、子供の顔には見えんという欠点を知りながら、あえてこういう顔に書いたのでは? 打倒ファシズムの暗部、戦後民主化の暗部、左翼や共産党の活動家の暗部を象徴しているのでは?

 

 

 

 

対立する両者の暗部と是々非々とを描写できたのは、すばらしい。

 

戦前の軍国ファッションが、今現代の私らからしたらヒヤリとするようなものになってしまったけど。

 

左翼、共産党ファッションや、漫画や映画の左翼キャラには、まだ愛されてるし、シャレになってるから。

でもツイッターのせいで、メディアででかい顔をしている文化人で左翼系のダメぶりが露わになってきだしてて。

その流れで、左翼ファッションまで唾棄されるようになるかもしれないわね。

私は左翼キャラ、共産党キャラには愛情を持ってる世代だけど。そういう愛情と崩壊の過程を今からメモ保存しておこうかな。

 

 

 

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戦前戦中の軍国主義の時代の横暴さと、仲間を守る人間的魅力とを是々非々で描いた傑作は、

なんといっても、藤子不二雄『少年時代』のタケシ。

 

 

私は左翼キャラ、共産党キャラには愛情を持ってる世代だけど。

 

 

わんわん物語』(原題:Lady and the Tramp)

1955年6月16日公開のディズニーによるアニメーション映画。原題Lady and the Trampを直訳すると「お嬢様と風来坊」という意味である。当初は「貴婦人と浮浪者」という邦題で公開予定だった。  

 

 

 

 

『異人たちのハリウッド』で、『わんわん物語』の犬たちも、階級や民族の出自でのステロタイプで描かれているとか。

保健所の捕獲員に捕まったと思われる犬たちも民族的ステロタイプで描かれてて、ロシア語訛りでインテリなのは、ロシアからの共産党思想の亡命者か難民ではないかって。

私がチェックしただけでは、共産党活動家とかはわからない。

 

 

 

 

 

 

日本での共産党のイメージと言えば、

寅さんシリーズの、妹サクラの夫、ヒロシ。演じるのは前田吟

映画版第一作の公開が、1969年。

 

 

 

雑誌で「共産党大研究」とかいうのがあって、そこで中野みどりがおちょくりながら、

日本での共産党のイメージと言えば、寅さんシリーズの、妹サクラの夫、ヒロシって。

 

前田吟は役柄が幅広くて、特に共産党員役ばかりのステロタイプの俳優ってわけでもないですからね。

杉作J太郎がコラムで、前田吟は役柄が幅広いと絶賛をしていたほど。

純朴で真面目な共産党員も演じるけど。

 

それ以外にも、極悪非道のサイコパスも演じてたし。そのサイコパスぶりは、竹内義和大映テレビの研究 2』で『赤い激突』爆笑チェックポイントで詳細に説明をされてて、そのサイコパスぶりには恐怖と同時に大爆笑しましたよ。

 

anamon.net

 

 

 通俗ドラマで俗物も演じてたし。

共産党のイメージには固定はされてはいない。

 

 

 

 

 

 

『追憶』

 1973年、アメリカ、シドニー・ポラック監督。

 

貧乏で、臭い理想の左翼学生、ユダヤ系の女学生が主役で。でも彼女は、美男のエリートの学生に夢中になって。

ほんの一瞬だけ、同じ仲間の男性が悲しそうに見つめるシーンがあって。その仲間の男性が典型的なインテリ左翼活動家っぽくて、眼鏡にカジュアルな帽子にカジュアルファッションで。左翼活動の同士の男性からしたら、そら哀しいわな、っていう一瞬だけだけど印象に残るシーンだったわね。

 

 

 

『セブン・ビューティーズ』

リナ・ウエルトミュラー監督、1975年、イタリア映画

 DVD売ってないよ。

主人公はただのチャラい遊び人だけど。

彼が強制収容所に送られた時に、同じ送られてきたのがインテリ眼鏡の男性で。左翼思想でイタリア政権批判をする。

ムッソリーニの改革、政策は詭弁だ。かえって人民の生活は苦しくなった」

ムッソリーニを暗殺しようとした」って。

他の囚人を犠牲にしたくないから自分が犠牲になって死を選ぶ。

 

 

藤子不二雄『少年時代』

作家柏原兵三の小説『長い道』を漫画化した作品である。1978年(昭和53年)から1979年(昭和54年)まで『週刊少年マガジン』(講談社)に連載された。

横暴なガキ大将を権力の座から追放するのが、病弱だけど勉強ができておぼっちゃまのケンイチ。民主化の暗部を象徴しているのでしょうね。

このおぼっちゃまの絵が、どう見ても小学生には見えない。私はこの絵をみたら、インテリ左翼の活動家を連想しましたよ。私の解釈では、先生はこのキャラに戦後インテリ左翼の暗部を象徴したと思うのですが。

 

 

 

 

藤子不二雄Aデジタルセレクションで、最初の一冊だけ無料で読めるようにしてあって、『少年時代』の第一巻が無料で読めますよ。

 

fujiko-a.com

 

 もしよかったら、2巻目以降、買って読んでください。

 

今は図書館でも、漫画を置いてあるところもあるから、よかったら探してみて。

私の地元の図書館でも、分厚い単行本が借りれましたよ。

 

 

 

 

 

ノーマ・レイ』(Norma Rae)

1979年公開のアメリカ映画。マーティン・リット監督による社会派ドラマ。

 

 南部の貧乏な女工が、組合活動家の男性からのオルグ活動にのって組合を組織する。とはいっても男女の関係にはならずに、最後に二人は別れる。

主役の南部の女工が「ユダヤ人って初めて見た」って台詞があって。

組合活動家でユダヤ系ってのはある種のステロタイプだけど、でも南部では珍しいのでしょうね。

とはいっても、ただのカジュアルファッションの白人男性で、特にどこがどうという特徴もないし見分けもつかないんですけどね。

川本三郎も、副島隆彦も、この映画に対して熱いオマージュをささげている。

 

 

上海バンスキング

斎藤憐の戯曲。中華民国期(昭和初期)の上海を舞台に、時代に翻弄された人々を描いた音楽劇で、オンシアター自由劇場により1979年に初演された。第24回岸田國士戯曲賞受賞作。これまでに複数回、舞台化や映画化がされている。

初期の頃にTV放映されたのを見たけど、傑作で。 

脇役に共産党の活動家のインテリ。最初は理想と志を言ってたけど。後に悪どく金儲けをし、そしてヒロインの恋人を現実逃避の麻薬中毒と廃人にさせて、指名手配の犯罪人になり国外逃亡。それを演じた俳優も良かった。

 

1984年に深作欣二監督で豪華配役で映画化されたけど駄作。脇役のインテリの共産党の活動家の平田満もミスキャストで演出でも最初からくだらない嫌なやつに描かれてるのがつまらない。

1988年に吉田日出子主演ので映像記録したやつの方がいい。

こっちの版での脇役のインテリの共産党の活動家のほうがいい。それを演じた俳優も良かったし、演出もいい。

 

 

『フォー・ザ・ボーイズ』(原題:For the Boys)

1991年制作のアメリカ合衆国の映画。

 

  第二次世界大戦朝鮮戦争ベトナム戦争で軍の慰問活動のトップ・スターとして活躍した男女エンターテイナー・コンビの波乱万丈の人生を描いた作品。

偏狭な道徳委員会による規制、赤狩りの時代に、主役の女性エンターテーナーのおじが赤狩りに疑われて。番組維持のために番組スタッフから主役の女性エンターテーナーのおじを切るように決定が下されて。

男性エンターテーナーのほうもその決定に従ったので。

主役の女性エンターテーナーのおじがピエロの格好で男性エンターテーナーに自分を使い続けてほしいと泣きながらお願いをしたけど、ダメで。その男女コンビ別れ。

その赤狩りで疑われて追放された叔父が、眼鏡のインテリでヒョロっとした、いかにもなステロタイプのそういうタイプの俳優で。

 

 

 

 『ホッファ』

(原題:Hoffa)、1992年制作のアメリカ映画。ジャック・ニコルソン主演、ダニー・デヴィート出演兼監督。

 

 

 

 

 実在の人物、ジェームズ・R・ホッファを題材にしたドラマ。

 30年代の不況時代に全米トラック運転手組合を組織、会長にまでなると同時にカリスマ性をそなえた魅力で権力の座を手に入れ、ケネディ兄弟にも比べられる程の政治力を持つにいたった男、ジェームズ・R・ホッファ。彼は1975年7月30日、近くのレストランで人に会う為、ミシガン州デトロイト郊外の自宅を出たきりその消息を絶った。20世紀最大の未解決事件と言われ、事件から20年以上が経過しているのに今だ何も解決されないまま大きな謎を残している“ホッファ失踪事件”。

映画は労働運動をし、やがて権力を手に入れ、そして謎の失踪をするまでの彼の軌跡を追ってゆく。本作は、どん底生活からアメリカン・ドリームを掴んだ労働者階級の英雄として、彼をただヒーローに仕立てるだけではなく、マフィアとの癒着、組合資金をめぐる黒い霧といった、闇の部分、裏の顔もキッチリと描き、その両面を引いた視点で捉えることにより、彼の人間としての実像に力強く迫る作りとなっている。

 

 心に残るシーンは、最後のシーンで。

 主役のホッファは組合活動で成功もしたけど、理想だけでは生き延びられずにマフィアとも手を組んで汚れたことにも手を出して。

ケネディ(弟)議員からはの追及も厳しくて晩年はドロドロの落ち目で。

晩年に、レストランに行くと、そこには若いカジュアルファッションの男性がいてて、組合活動についての打ち合わせを電話をしてて、今も組合活動をしている若者の理想と志を象徴しているのね。

ホッファは若い頃の理想と志を思い出して、若者に「仲間と労働者と組合活動を大切にするんだよ」と声をかけてはげまそうとしたら。

実はその若いカジュアルファッションの男性は敵方の工作員で、ホッファを油断させて拉致をするというどんでん返しの落ちで。

 

 

 

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ゴリゴリの伝統保守の月清さんが、例外的に支持する左派、共産党議員

 

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2019年07月27日(土)

非公開今中大介 @daisuke_i25

19年7月27日
昔、左派だったりリベラルだった人が支持した左派政治家の基本姿勢。
「#差別も逆差別も絶対アカン!」の八木一男
「#全て人に優しい医療・福祉」の辻第一。

この辺りの人らと、今の自称リベラルや自称左派の
「#差別主義者のファシスト」と一緒くたにしたらアカンで。

posted at 13:33:40 削除

 

非公開今中大介 @daisuke_i25

19年7月27日
マイノリティー差別がアカンというなら、マジョリティー差別もアカンで。
何でこんな簡単なことが分からんのやろか。

八木一男が今生きてたら、徹底的に粉砕されるで。

同和地区や在日や障害者やLGBTを利用した逆差別なんか、ただの差別主義ファシストのネタでしかない。

posted at 12:52:34 削除

 

非公開今中大介 @daisuke_i25

19年7月27日
あの人らの中では、支持できる左派言うたら、社会党の「差別も逆差別も絶対アカン!」の八木一男や「全て人に優しい医療・福祉のお医者さん」辻第一辺りなんよ。
それを捨て去った左派には、全く魅力がないわけ。

私も、この人らだけは珍しく支持してるよ。

posted at 12:37:40 削除

 

 

 

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今も共産党を応援する方々

共産党への熱いオマージュは感動的

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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保守、右派だけど、社民党の議員を是々非々で応援。

 

 

 

 

 

 

 

社会党の立候補者で落選をした方だけど、大椿ゆうこ。

大学での不安定雇用から労働運動として活動。

関西ナマコンを支持基盤にするのでうさんくさがられるけど。

しばき隊系ヘイトスピーチ反対活動家界隈、リンチ事件加害者側の人脈を支持基盤としているのでうさんくさがられるのだけど。

関西ナマコンも人民として、労働者の権利運動として支援するのは、ある種の見識だし。

高橋若木も応援しているのは、同じ不安定雇用の大学講師としての共感でしょう。

 

 

社会党は党首の福島みずほが、慰安婦問題など反日朝鮮半島系を支持基盤にしているのと、政治団体の運営能力の無さでリストラをしたので、大勢から唾棄されているけど。

それはそれとして、末端の党員たちが地をはうように弱者の応援をしていることについては、評価をされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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映画『少年時代』に萌えて 萌えポイントまとめ

今頃、映画『少年時代』に萌えて

 

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noranekonote.hatenablog.jp

 

これの続きです。

 

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映画『少年時代』への再評価への軌跡

 

 

リアルタイムで見てきた私にとっての評価の変遷を言うわね。

 

ずっと長いこと忘れてたけど、思い出して。昔、藤子不二雄の漫画『少年時代』分厚い本を病院の受付にあったので読んでみたら、最後で号泣した思い出を思い出して。 

 

病院の受付で予備知識も何もなしに、分厚い単行本を一気に読んだときの感想。

漫画は、最初は暗い絵が気持ち悪かったし、イジメやドロドロの人間関係や暴力描写がきついし、嫌~な感じで。嫌なまま終わるのかと予想をしてたら。まさかの怒涛の展開で、感動と涙の終わりで、後味がよくて。号泣。傑作。

 

藤子不二雄Aなんて絵が気色悪くて、つまらなくて嫌いだったけど、こんなすごい傑作を書いてたなんてと評価を変えて。

 

昔、漫画『編集王』の登場人物の漫画家の話があって。

私もこれとそっくりな思いをしたなあ~と。

過去の名声の遺産で漫画業界に居続けている漫画家で、新進気鋭の編集者見習いがそのネームを見てあまりのつまらなさにあきれかえって。ところが過去の作品をチェックしてみたら傑作で号泣して驚いたって。

このモデル、藤子不二雄Aか? 他にもたくさんモデルがいるかもしれんけど。

 

まず、藤子不二雄のAのほうを再評価し直して。 

 

 

藤子不二雄Aデジタルセレクションで、最初の一冊だけ無料で読めるようにしてあって、『少年時代』の第一巻が無料で読めますよ。

 

fujiko-a.com

 

 もしよかったら、2巻目以降、買って読んでください。

 

今は図書館でも、漫画を置いてあるところもあるから、よかったら探してみて。

私の地元の図書館でも、分厚い単行本が借りれましたよ。

 

  

それから、映画化されてたのを思い出した。

リアルタイムで知ったけど、その当時はたいしたことないやろと避けてたわね。 

日本映画業界の実力ではまずあの漫画のレヴェルに達するのは無理だろうなと予想してて。篠田監督って、下手な監督やん。これで絶望して。

 

予告編を見て。

 

 

 

 

 

原作にはなかった余計な女のお色気設定が追加されてて、その女がチョロチョロ男とどうだこうだ、する部分が邪魔で。いややなと。原作を汚されたようで避けてて。

  

中野みどりが映画評で

「子供を小さな大人として描写するのができない」

「日本映画は子供を描くのが下手。外国映画は子供を描くのが上手」

「演出が下手」

と酷評。

まあ、そうだろうな~と。

 

TVで、淀川長治、おすぎとで映画対談で。

淀川長治「私は大好き」

おすぎ「これ、いまいち」「先生、主役の男の子が好きだから甘いんでしょ」

淀川長治「きみ、ようも、そんなゲスなこと言うわね。もう口きかない」

 

まあ、これはね。

ゲスな邪推を言われたようで怒ってたけど。

淀川先生も、キチンとした反論と説得をできればよかったわね。

たとえば、

「主役のガキ大将のキャスティングは奇跡で本当に素晴らしくて、彼がこの映画を支えているわね」

「私にとっていくら性的魅力のある男性でも、ただ出演しているだけでは映画を認めないし褒めないよ。ただのアイドル映画みたいに、かわいいのがチャラチャラ出てるだけってのなら褒めないよ。無意味ならほめないよ。ミスキャストや映画をぶち壊しなら絶対褒めないよ。」

「確かに、演出はつたないわね。それは確かにそうね。でも今の日本のTVドラマのひどさ、日本の映画のひどさに絶望をしてきたから。これだけでも、本当に応援したいわね」

「特に1980年代以降は、日本映画が本当にろくなのがなくて絶望的で。これだけのレヴェルができたってだけでもうれしかったし応援したいわね。アニメで稼いで、しょうもない実写で見放されるわ赤字だわってのをアニメの稼ぎで補填ってのばかりだったしね。1980年代以降の日本映画で実写でいいのは数えるほどしかなかったのではないかな。しかもお年寄りから小学生まで鑑賞できてある程度のレヴェルに達しているのってなると、もうこれぐらいじゃないかしらね? 他はほとんど通向けばかりだしね」

「芸術性、政治的テーマ、商業性、大衆性、世代間格差なしに楽しめる、そいうのをギリギリ両立させられてるわね。今の日本映画界で、これだけできただけでも応援したいわね」

「日本の戦前、戦中、戦後の時代の精神を、今こうやって切り開いて見せて。それでいて観客動員、商業的成功へとつなげることができるのはなかなかないものね」

「戦前、戦中を生きてきたおじいさま、おばあさま、そして今現代の子供も、世代を超えてみんなが鑑賞できるレヴェルのができたってだけでも、うれしいし、どうしても応援したいのね」

「例えば、少年萌え、愛と憎しみとの複雑な関係をスイートに表現をして、観客の胸をキュンキュンさせて、感動させて泣かせてって。これだけできただけでも、たいしたものよ。応援したいわね」

 

例えば、こういうふうに分析できて、是々非々で説得できればよかったけど。ムッと怒っただけだったのは惜しかったわね。

 

TV放映されたのでチラッと見たけど、たまたま演出の下手な部分を見て。

 

小学生のデブチンが権力を握って、主役の都会からの疎開っ子を頭を押さえつけて、眼をつむりながら面白いお話をさせて聞きほれるとか。演出下手だな~とウンザリして。

なんで戦争中の食料不足のド田舎であんなデブチンがいるんだ!と腹がたったのと。演出の下手さでイラッときたのと。

 

それと、原作にはなかった余計な女の役が追加されてて、その女がチョロチョロ男とどうだこうだ、する部分が邪魔で。いややなと。原作を汚されたようで避けてて。

  

ところが、最近になって、ツイッターで原作漫画を褒めてるのを見て、思い出して。

 

それとネット検索をして、映画も思い出して。 

AMAZONのDVD販売とコメントで、「同性愛、恋愛」とふれられてて。

 

 

 

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長い道

5つ星のうち5.0

これは良い

2006年3月22日に日本でレビュー済み 

 

太平洋戦争末期、東京から富山県疎開してきた少年が地元少年の権力闘争に巻き込まれていく。これは一見、少年の間のできごとのようにみえるが、実はそのまま、大人の社会の縮図になっている点が面白い。でも、それだけだったら単なる嫌な印象の映画で終わってしまったことであろう。でも、この映画にはえらく感動させられる。


 なぜか?
 それは田舎の少年の都会の少年への愛が強烈で、この映画が主人公の少年二人の「愛の物語」になっているからである。つまりこの映画は少年期特有の、ある種同性愛的な感情に切り込んだことで、原作をより深い物にまで昇華させたといえるのではないか。
 圧巻なのは武が進二を救出するシークエンス。これが凄い盛り上がりなのである。そして、その後の写真館のシーンのすばらしさ。個人的にはラストシーンより好きだ。武が進二に殴られるシーンの悲しさ。これは武にとっては、もはや失恋である。

 

 そして何よりも、クラスメイトの反撃によって完全に孤立したあとの武の姿が素敵である。体育館での、「何もいうな。俺、ちっともかわいそうでない」 このセリフに込められた、同情を拒絶する武士のような潔さとストイックさ。それが暗く陰湿になりかねない本作の印象を、きわめて爽やかなものに変えている。彼の暴力も、少年の未熟さゆえの過ちだったことが、このたった一つのセリフから伝わってくるのである。


 それと、映画公開当時、女優の岸田今日子が、この映画の感想をある雑誌で、

「私が印象的だったのは、何だか恋愛映画みたいな感じがしたことだわ・・・」

 と語っているのだが、実際、脚本の山田太一や監督の篠田正浩のインタビューを読むと、愛の物語にすることを意識して、この映画をつくったとのことである。映画公開当時も「二人の関係はきわめてセクシャル」と映画雑誌等で評価されていた。製作側と評価側の認識が一致している点からも、この作品が篠田監督の数ある作品の中でも傑作に価するものであることがわかろうというものである。


 ちなみに、武役の堀岡裕二は地元出身で、当時、全くの素人だったそうである。しかし、この映画を傑作にしたのは、彼のすさまじいばかりの好演にあったともいえる。彼が本作限りで引退したのも、この作品の印象をより鮮明なものにしているように感じる。とにかく、自信をもってオススメする一本である。

 

 

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少年同士のせつない同性愛、恋愛ネタもいいわね。大好き。そういうの大好きなのに、なぜか受け流してたわね。演出下手そうだから、原作を汚されそうでこわいと避けてたのかなあ。

 

同性愛、恋愛ネタも思い出して。

ネット検索で「少年時代 藤子不二雄 同性愛 恋愛」で検索をしたら、色々とヒットして。

5CHのスレで、この映画を最高に愛している方々が熱い思いを語ってるのを見て、胸をうたれて。

できるだけ、是々非々で評価をしよう。再評価とチェックをしようって。  

 

映画の予告編も見た。

ラストシーンだけを編集とアップされてるのも見て。

これはやっぱり、胸をうつわね。

 

 

 

私は、腐女子だからそういうネタが大好物だし、久しぶりに燃えだしてきて、

「少年時代 藤子不二雄 同性愛 恋愛」でネット検査鵜をしたら。

色々ひっかかってきて。

 

 

ある方のブログで、『シネ・フロント』第165号(シネフロント社)の記事の孫引き

 


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ayamekareihikagami.hateblo.jp


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山田太一 インタビュー(1990)・『少年時代』(2)


(略)

 (配下からのクーデターにあった武が、慰めようとした主人公・進二を突き放すシーンについて)

あれはね、要するに失恋なんですよ。好きな進二が自分を裏切った側へついたというショックと、進二の目の前で全員に寝返られた屈辱が、彼にはものすごく堪えているんですね。

そういうとき人間がその次に採る方法は、巻き返すことと、我慢することしかないんですよ。

でも巻き返すっていうのは、もしかするとさらに恥の上塗りをする危険性があるわけです。

だから彼は、全く言い訳をしないで、とにかくその事態に耐えてしまおうっていうふうに、頑張るわけですね。

少年時代には、友情だか恋愛だかわからない時期があるのではないでしょうか

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『シネ・フロント』. (165)1990-07からの孫引き

 

 

藤子不二雄の熱狂的な大ファンでさえ、これはもう同性愛、恋愛だと。

 

koikesan.hatenablog.com

 

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 進一とタケシの関係から恋愛感情のようなニュアンスを読みとったのは、なにも私だけではない。
 たとえば、映画『少年時代』の脚本を担当した山田太一氏は、「僕はこれを恋愛映画として書く」と語っていたし、マンガ評論家の米沢嘉博氏も「見方によっては強烈なホモセクシャルな匂いさえ、このマンガには漂う」と述べている。
『少年時代』は、無骨で初々しく、ときには激烈でどろどろとしていて、しかも哀切にみちた余韻の残る、二人の少年のラブストーリーだった、といえるのではないか。

 

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みんなのシネマレビュー

→ 少年時代(1990)

 

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23.《ネタバレ》 

 

戦時下における軍国主義的大人社会とその縮図として展開される子ども社会、そうした構図の見事さもさることながら、それ以上にすばらしいのは、少年期特有の幼くも常に真剣な彼らの感情やゆらぎをきちんとそこに写しとっていることだ。戦争のため都会から田舎へと疎開してきた少年の心もとない不安と、地元の少年たちが見せる他所者への軽蔑と畏怖いりまじる好奇心。少年社会における厳然たる階級と、ひそかに渦巻く野心。

 

その中でもひときわ目をひくのは、ガキ大将武が主人公進二に見せる幼い恋にも似た複雑で入り組んだ感情だ。

仲間内では高圧的にふるまう武が進二と二人きりの時にだけ見せる特別なやさしさ。自分自身わけのわからぬそんな感情にいらだつ武は、進二が上手だと褒めた零戦の絵を闇雲にぬりつぶし、時に無意味な乱暴さで進二を小突く。

しかし反面、隣町で悪童たちに囲まれる進二のもとへと黒いマントをひるがえし駆けつける彼の疾走は、愛する者を守るため悪に立ちむかうヒーローのそれ、そのものでもある。秀逸なのはそれに続くシークエンスだ。追っ手から逃れ隠れた雪の納屋で子どもらしく小便する進二とその後ろ姿をただ見ている武のさりげなくも印象的なショットを経て、二人がその足で向かう写真館。再び湧き起こる厄介な感情に、武はやはりどうしようもなく進二を力でねじ伏せてしまう。そしてただただ涙をこぼすのだ。この一連の武の姿がたまらなく胸をしめつけるのは、それが彼の初恋の有り様にほかならないからだ。

 

物語の終盤、クーデターにより失墜した武が頑なに進二を遠ざけるのは、ガキ大将として以上に幼い恋を前にした一人の男として、彼が敗北を喫した自分に厳しく課す、貫き守るべき最後の誇り、それがゆえだろう。トンネルのゆるやかなカーブにつれてゆっくりと彼方に閉じていく少年時代、やがてそれは写真館で撮った二人の写真へとつながる。身震いするほどにすばらしいラストシーンだ。飾られた写真の中の幼くも凛々しい二人。形にはなり得なかった、けれどもなにより確かなその思いの、なんと誇らしく美しいことだろう。たとえトンネルの向こうには二度と還れなくても、それはあの日の武のように誇らしげに胸をはり、確かにそこにあるのだ。輝かしくも傷だらけの少年時代の、そのかけがえのない勲章として。


BOWWOW】さん [DVD(邦画)] 9点(2009-09-16 21:04:43)(良:4票)

 

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5chの『少年時代」のスレが傑作で。

  

rio2016.5ch.net

 

 

「この映画には、抑圧された同性愛が含まれている」って。

私もそう思う。

その解釈には反対して、「同性愛なんかじゃない!」と反論する意見もあるけど。

 

このスレには、映画版『少年時代』を愛する方々の熱い思いが次々につづられている。

 

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6 この子の名無しのお祝いに 03/12/09  21:56ID:kZ9RT0wA

>>116


武が女の子と仲良くする信二に嫉妬して、戦闘機の絵を塗りつぶすところ、
信二と女の子の相合傘を書いて悪戯して仲を引き裂こうとするところ、
信二に誰も近づかないようにさせる武の独占志向なところ、
プライベートでは実に信二と仲良くするところ、
最初見たときこれらのシーンに理解できなかったけど、同性愛だよねこの映画。
同性愛が表現したくなければこれらのシーンは特に必然性はないように思う。
そう見るとこの映画は子供映画とは別の裏の顔が見える。

原作漫画もこういう同性愛なノリなん?

 

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10この子の名無しのお祝いに03/12/09 22:50ID:ReB1tosE


ちなみに武の演技でステキだと思うのは、
  1位 雨の講堂で「俺、ちっともかわいそうでない」というシーン
  2位 写真館で「わからんのう」と涙するシーン
  3位 ラストでヒットラーユーゲントするシーン
  4位 電車に追いついて「進二!」と叫ぶシーン
  5位 進二を救うため、自転車を一途に走らせるシーン

 

11この子の名無しのお祝いに03/12/09 22:55ID:ReB1tosE


つづき
 6位 お寺で疎開の子を襲おうとして「もう、わりゃぁ、土地のものでないがか」と同意を求めるシーン
 7位 「じいちゃん、おれ、いってくっから」と言って走り出すシーン
 8位 弟にウンチさせて「全部でたか」と優しくきくシーン
 
         この映画大好きで100回はみたな

 

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93 この子の名無しのお祝いに04/11/27 20:53:00ID:o7m5C1k/


この映画を最初に見た当時、一番印象に残ったのは配役だった。
主人公である都会から来た優等生は当たり前に典型的美少年。
それに対するもう一方の少年だけど、これは都会の少年から見ると
理解しがたい、得体の知れない所があり、暴力性も持ち合わせている。
この役に抜擢された少年が明白に、日本人の持つ「半島系イメージ」
の外見的特長をを色濃く持ち合わせているのが興味深かったんだよね。

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95この子の名無しのお祝いに 04/11/29 22:11:43ID:TwCZQBA7


武のあの一重瞼の目が印象的。
頼もしくも見え、優しくも見え、怖くも見え、不気味にも見え…みたいな

 

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248この子の名無しのお祝いに2006/08/04(金) 17:05:23ID:yLhhoYSC


243さんへ。公開当時、同性愛的な(官能的な)物語になってる点は多くの映画評評論家
が指摘してたよ。これは「愛の物語」だってね。篠田監督も脚本の山田太一
意識的に恋愛映画みたいにしたってインタビューで言ってたな。女優の岸田今日子
がこの映画をみて、「この映画で面白かったのは、二人の関係が恋愛映画みた
いな感じがしたところだわ」ってインタビューで答えてた。

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437この子の名無しのお祝いに2008/08/13(水) 02:08:30ID:b3dfBqaK


他もそうだけど、堀岡君の起用は正解だよな
子供なのに男の色気があって設定にも合うし、役ではなくあのままの性格なんじゃないのかと思わせる程ハマり役

最近の映画は内容は魅力的でも、配役だけで監督のセンスの無さを感じてしまう
ディテールなんかも画として大切で、拘りを持つべきだとも思うけど、そこも魅力的じゃなかったりするし
話が面白いだけで終わってしまう魅力的でない映画ばかり…
俺が知らないだけなんだろけど…
まあジャニに牛耳られてしまった日本のエンターテイメント界に明るい未来は当分見出だせないだろな…

もし今リメイクされたらどうせタケシ役にジャニ進二役にジャニ須藤役にorz
勿論長髪有りで風景はCG
僕は俳優だってなんでもこなしちゃうナルな演技にどう?イケてるでしょ?感w

 

 


だめだこりゃ…

 

 

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438この子の名無しのお祝いに2008/08/21(木) 03:00:58ID:rrN+7ve2>>440
武が信二の立ちション姿を見て複雑な顔をする
           ↓
そのあと信二を殴る

このシーンを見たとき、胸をえぐられるような切なさを感じたよ・・・
好きなのに絶対に好きって言えない。距離が近ければ近いほど愛しくて、苦しい・・・

 


あ、ちなみに俺ガチホモです。

 

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572この子の名無しのお祝いに2011/05/18(水) 00:31:09.24ID:+TSRV7zI


伸二が気持ち良さそうに小便してる姿を武が見て一緒に写真館へ行こうと誘った時に、性への目覚めと愛を表現したのかなと思った

 

 

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575この子の名無しのお祝いに2011/07/08(金) 21:44:28.35ID:eCqlLFZT
>>570
いや、藤子Aの時点でこの作品に同性愛の思いを入れてるよ。

 

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この映画をすごく愛している方々が大勢いるのね。

もちろん、このスレには色々な意見が分かれてて。

「漫画のほうを傑作と評価し、それからしたら映画化の方を低評価」の方もいれば。

「原作の小説を一番評価し、映画の方を低評価」の方もいるし。

「映画の方を最初に観て感動したけど、漫画の方は絵がホラーみたいで無理」だとか。「漫画のほうは重すぎて無理」だとか。そうだろなあ。

 

 

 

 

 

 

 

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この漫画化には魅力が色々あるけど。

戦前から戦中、戦後にかけての精神史の断面が見事に切り開かれている。

戦前の前近代的な人間関係への違和感も書かれているけど、打倒ファシズムにもやり過ぎの部分があったし、それにも共感できない気持ちも書かれているし。

 

都会のリベラルで平等で公平で対等な人間関係を経験してきた少年にとっては、田舎の前近代的な縦型のマッチョな独裁体制には嫌なものを感じてきたけど。いい部分もあるし、愛憎半ばする複雑な感情で。でも、最後には対等な友情関係が築けるかと期待し、でもガキ大将の早すぎる死でそれもかなわなかったけど。

 

第二次世界大戦中の日本を舞台にしながらも、今現代の若い世代の子にも楽しめるし、お年寄り世代にも楽しめる。こういうのは本当になかなかありえないからね。

 

それと、この漫画の魅力の一つが、抑圧された同性愛、恋愛のもだえ。

 今時の腐女子のBL漫画はもう甘ったるすぎて、もう飽きちゃったし。

ゲイの同性愛漫画も、私の好みではなくて。 

ところが、『少年時代』の愛と憎しみとが交差する関係に、同性愛と性とをさりげなく追加したら、私好みのちょうどいいぐらいのBLができるはず。

  

田舎の貧困少年が、都会の恵まれた階級の転校生への愛と憎しみとで複雑な感情で。

 

抑圧された同性愛、恋愛感情。 

 

藤子不二雄のA先生は、抑圧された同性愛の美学があるなあ。

 都会からのシンイチと富山のタケシとが水泳に行って、シンイチが別の地域の対立グループにからまれたら、海からふんどし一丁でタケシがかけつけてくる場面は、ホモのエロスにあふれてるなあ。

少女読者好みのBLじゃなくて、泥臭い『さぶ』みたいな。 

 

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藤子不二雄『少年時代』

 

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藤子不二雄『少年時代』

 劇画タッチで、筋肉隆々の兄貴って感じで、小学生には見えないわね。なんか、ホモ雑誌の『さぶ』みたい。

 

この映画の魅力の一つは、私たち女性好みのちょうどいいぐらいのスイートな少年萌え

  少年萌え、愛と憎しみとの複雑な関係をスイートに表現をして感動させて泣かせてって。

 映画は、少女読者好みのBLっぽいスイートさにあふれている。

萌え~。 

私はもう願望もこめて、抑圧された同性愛と解釈するけど。

 

でも中には、同性愛説をすごい嫌がる方々もいるのね。愛する映画を汚されたようで嫌なのかしらね?

「違う! 田舎の貧困家庭の子が、都会の裕福な子に対する愛憎だ」

「子供時代の曖昧な友情関係には、これと似たような愛憎はいくらでもある」という反論をするのがいるわね。

同性愛関係と言われるのをものすごい嫌がる方々も大勢いらっしゃるわね。

 

都心部に進二が行くと、対立グループにからまれたら、タケシがかけつけて助けてくれて。

写真館に行って記念撮影をして。

暗くなるまで写真館で待機してる時、進二が「タケシくんは優しいのに。なんで・・・」

タケシ「いじめるのかってか?」

そして進二を床に押し付けて「わからんのう」と涙ぐむ。

 

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映画『少年時代』「タケシくん優しいのになんで」「いじめるのか?ってか」

 

 

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映画『少年時代』タケシがシンジを床に押しつけて涙ぐむ

 

ズキューン! 腐女子直撃! 

 

もう、このまま都会っ子をレイプしてーーーー!

 

小学生同士のレイプなんて載せたら完全上映禁止なるけど。

これ、やおい本で小学生同士のレイプ本なんて出したらもう今なら抗議殺到しそうだけど。

海外では厳しく禁止されてるとか(アメリカのアニメ『シンプソン一家』で、主役の男の子が下半身すっぽんぽんになってお尻が見えるシーンでさえ禁止とか! 「誰があんなのに欲情するんだ?」ってツッコミきてたな)。

でも私はほしい。私に書ける能力があれば、頭の中の妄想をいくらでも書くのになあ。私の頭の中では、タケシは都会っ子をこのままレイプしてるけどね。

  

私は本当は右翼のマッチョで暴力的な男の人は大の苦手だけど。

いたいけな男の子、ショボくてかわいいキモオタ君のほうが好きだけど。

いたいけな男の子が色気のあふれた強い魅力的な男の人からレイプされるという設定にズキーッ!とくるから。

「過去に強い男の人にレイプされました」というイタイケナ男の子にはポイントが上がるし、だきしめてあげる。

 

 

好きな場面は、他にもね。

都会っ子がいじめっ子たちからいじめにあったら、太めの子からかばってもらえて仲良くなって。その太めの子が読書が苦手だというから、面白い本のあらすじを教えてあげたら。

タケシらが「シンジと口をきいたやつは制裁をする!」って制裁をして。

都会っ子の家にまでタケシが来て。「フトシに面白い本の話をしたのに、俺にはできんのか! 話をしろ!」と言い出して。

都会っ子が正座のまま、恐る恐る、少しずつ確認しもってお話をしだして、その間がいいし。

「『岩窟王』でいい? いい?」

「ナポレオンの時代だけど? ナポレオンって知ってる? ナポレオンの説明しようか?」

タケシが「イチイチ俺にきくな!」「いいから話せ!」と怒鳴って。その時のタケシの凄みと貫禄と色気がすごい。  

 都会っ子への燃えるような独占欲の色気を発散している。

それと都会っ子のほうが色々知っているのに自分は知らないことへのコンプレックスと嫉妬もにおって。それでいて謙虚に教えをこうとか頭を下げるなんて絶対できなくて。好きな場面ね。

 

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映画『少年時代』、シンジは正座でハラハラしながら巌窟王を語る

映画『少年時代』、華奢なシンジは正座でハラハラしながら巌窟王を語る。タケシはドスと凄みをきかせて胡座で命令。

 

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映画『少年時代』タケシ、シンジにこわもてで巌窟王の話を聞く

 

 

それからシンジの語りで、映像には古い時代の娯楽小説の挿絵が次々と現れて。

あの当時の大衆娯楽のレトロにウットリするし。

あの当時は、話を語る語り部ってのが娯楽として成立し、重要だった時代なのね。

 

華奢でひ弱くても読書家(オタク)の男の子が重用されるのを象徴しているのも、ショボくてかわいいキモヲタ君好きの私はうれしい。

 

 

最後の方で、タケシへのクーデターで権力失墜、病弱なおぼっちゃまが過酷な制裁をするようになって。 

映画の最後のラストシーンは、甘い別離のシーンで。感動。甘い甘い追憶。これにはもうメロメロなるわね。

 そして場面が変わって、二人の写真が豪勢な本棚に飾られてて大きなハードカバーの本の本棚で、背表紙に「伯」という時だけ見えるのは大人用の「モンテクリスト伯」の本でしょうね。思い出の本なのねってハートがメロメロなるわね。

 

 

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それぞれのファン層、それぞれの作品の評価の違いを是々非々で。

 

 

原作小説、漫画、映画、それぞれの違いと是々非々。 

 

昔、角川書店が映画化で「読んでから観るか、観てから読むか」のキャッチコピーをしてたけど。

漫画の『少年時代』の映画化も、「読んでから観るか、観てから読むか」のキャッチコピーがピッタリね。

 

★ 原作の小説は、一流の文学者が実体験を元に書いたから、主人公の過酷な状況描写はリアル。いじめ、暴力描写も過酷。最後は冷めたまま終わり。感動の結末はなし。

 

★ 藤子不二雄の漫画の『少年時代』は、小学生でも激しい権力争い、イジメ、暴力を描写で、つらくてよう読めんって読者もいるでしょうね。児童漫画家時代のかわいいタッチと劇画タッチのドス黒い陰影ある絵とで相克があるわね。小学生のはずなのに小学生には見えない、小さな大人にしか見えない、ダークな陰影の濃い劇画タッチなのには、濃すぎて引く人もいるわね。

小説にない設定を追加してて、ケンスケ(戦後民主化の暗部の暗喩)の暴走、最後の感動ポイントを追加したのは個人的には一番好き。

 

★ 映画化された『少年時代』は、甘いノスタルジー。スイートなエンディング。登場する小学生たちがみんな、ほんものの子供で、かわいくてキュンキュンもだえる。ガキ大将のキャスティングが奇跡。

そっちを見てから原作の漫画のキャラクターの絵を見ると、どう見ても子供には見えない、劇画のおっさんみたい、という欠点が目立つようになるわね。

映画ではいじめ、暴力シーンをかなりマイルドにおさえてるわね。映画を見てから原作の小説や漫画を読むと暴力が過酷でつらくてよう読めないって方々もいるでしょうね。

 

 

作品としての質の高さと私の個人的な好みとで、藤子不二雄の漫画化の方がいいけど。

 

まずはこれを読んで感動で号泣をしてから、映画化を知ったから全然期待して無かったし、かえって原作が汚れる思って避けてたのね。 

 

TV放映された時にチラッと見たら、演出が稚拙、余計な女の色恋ゴタゴタが追加されてると感じて避けてしまってた。 

 

小学生のデブチンが権力を握って、主役の都会からの疎開っ子を頭を押さえつけて、眼をつむりながら面白いお話をさせて聞きほれるとか。演出下手だな~とウンザリして。

なんで戦争中の食料不足のド田舎であんなデブチンがいるんだ!と腹がたったのと。演出の下手さでイラッときたのと。

  

漫画では、3人の小学生の登場人物の役を、一人のデブチンにやらせたから、焦点がぼやけておかしくなったのね。これはやっぱり、3人の配役に分けてほしかったわね。

山下清みたいな優しい田舎の子。

 

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藤子不二雄『少年時代』

 

タケシがシンイチを仲間はずれにすると決定をしたのに、シンイチと喋ったので集団リンチされて、もうシンイチとは口きかんと態度を変える子。

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藤子不二雄『少年時代』

強面で体がガッシリとでかくて、シンイチをかばう子で、タケシともいじめっ子とも対峙できる男の子。タケシとのタイマンで負けたので配下にくだる。

でも、どうみて小学生とは見えないけどね。こんなキャスティングは探すのは難しいでしょうね。

 

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藤子不二雄『少年時代』

 

 

そうだ、もう一人の役とエピソードがあったわ。

シンジが自慢のバックルを、いじめっ子ノボルに奪われるエピソード!

そのいじめっ子から、タケシがバックルをタイマンで奪い返して。それを一応表向きには強奪したように見せて、実は隠れてシンジに返してあげて。今後は表に出すなと。

つまりタケシが悪役になっていじめっ子ノボルに恨まれてしまったのね。これが後々の裏切りとクーデターと遺恨につながるという重要なエピソードなのに。

それを映画では、タケシ失脚後、デブチンが卑しくもらおうとしたという風に改変をしたから、役柄と焦点とがぶれてしまってるわね。

 

それと、映画化では、原作の漫画にはなかった余計な女の役が追加されてて、その女がチョロチョロ男とどうだこうだ、する部分が邪魔で。いややなと。原作を汚されたようで避けてて。

 

作品としての質の高さでは、漫画のほうが圧倒的なのね。

 

でも、その後、忘れてたけど偶然なきっかけが重なって、藤子不二雄の漫画化を思い出して。

 

それから映画化の方への熱い思いを語る方々の意見を読んで、心が洗われて。再評価するようになってきて。

 

映画化されたものが、どこがどう愛されるか?

 

★ ガキ大将、タケシのキャスティングが奇跡で神レヴェルで。

性的に魅力があって色気があるから。これはもう破壊力がすごいから、漫画のキャラクターよりも心をうつのね。

 

★ 実際に演じているのが小学生の子供たちで、かわいい。丸坊主で、素朴で。これ重要。実写のインパクト。

 

★ ラストシーンのスイートさのインパクト。実写の汽車、田舎の風景、トンネル、そして主題歌のインパクトの相乗効果は強烈。

 

 

 

 

 

逆に、最初に映画を見てから、藤子不二雄Aの漫画を見ると、藤子不二雄Aの漫画のほうに苦手意識を持つのが当然でてくるわね。

ダークでヘヴィーで怖いし。 いじめや暴力の描写はもっと過酷やし。

主要登場人物の小学生らが、子供には見えない。大人の雛型という違和感を感じるわな。 

 タケシのキャラは、劇画タッチで大人にしか見えないわな。

主役をかばう、体格のいいマサルも、劇画タッチで大人に見えるし。

他の小学生、中学生キャラも、劇画の悪役の大人にしかみえないし。 

特にタケシを権力の座から追放する、病弱なおぼっちゃまでインテリ君も小学生には見えなくて、どうみても、共産党か左翼の活動家にしか見えへんし。戦後の民主主義への移行への闇の暗喩なんだけどね。

 

 

映画化でタケシを権力の座から追放する、病弱なおぼっちゃまでインテリ君。

漫画ではケンスケ、映画化では須藤君だけど。

漫画家では、小学生には見えなくて、どうみても、共産党か左翼の活動家にしか見えへんし。戦後の民主主義への移行への闇の暗喩なんだけどね。どうみても、おっさんくっさいわ。

ところが、映画化では、ちゃんと本物の子供が演じてて。しかも端正な美少年くんが演じたから、魅力があるし。ネット上での映画化での感想で「須藤君、好き」って書いてる女子もいてたわね。そういう子が映画を見てから、原作の漫画を見ると、暗い絵でおっさんくさいからガッカリするかもしれないわね。

役柄として、民主化への暗部の暗喩だし、タケシへの同情をわきおこす設定だし、デブチンへの暴力制裁を指示し実際にキックを何発もお見舞いもするというひどい役柄だけど。漫画では暗いおっさんくさい絵だけど、映画化では端正な美少年だから悪の魅力はあるわね。

 

 

 

 

漫画、映画を見てから、原作の小説を、図書館で借りて読んでみると。

 

原作の小説は、もっと過酷。

 

藤子不二雄Aの漫画は、この映画の小説を彼なりにかなりアレンジをして、スイートに感動ものにしているわね。

さらに映画化はさらに藤子不二雄Aの漫画をスイートにしているわね。

  

原作の小説には、スイートな恋愛、同性愛的な要素はもう全然なし。萌えポイント全然なし。

 

ガキ大将のタケシを、他の暴力男たちが権力の座から追放して。

暴力がひどくて、元ガキ大将のタケシを半殺しにして、タケシの歯はボロボロで口に銀歯をいれかえて。ひどい。主人公は、タケシの歯が銀歯になったのを見ても冷たい、ってひどい。

タケシの父親が学校に相談にきたので、教師がクラスで問題視して取り上げたので、とりあえず、他の生徒たちはタケシへの暴力制裁を少しはひかえるようになって。

タケシの権力の座からの追放の後は、群雄割拠状態で、どこにどう立ち回ったらいいのか、下の弱い子らはオロオロ状態でかえって。困ることになって。

 

こういう筋たてのほうがリアルね。

 

タケシが銀歯をした口で、主人公に話しかけて来て一緒に中学いく勉強のおさそいがあったけど、主人公は冷たかったとか。それ、ひどい。

 

漫画でも、映画化でも、主人公が元ガキ大将を心配して話しかけるのに、タケシは拒絶するのに。そのほうがタケシの魅力的になるのにね。小説だと、タケシは主人公からもう全然興味の対象外で哀れで惨めなのね。

 

主人公が後で反省をして、自分が都会から来て、田舎の秩序を乱したから、それで田舎のタケシも興奮して過剰反応をしてしまったのではないのか、って。

 

主人公が都会に帰ってから、タケシから手紙と写真とが送られてきたけど。

手紙には、タケシ失墜後に権力の座に君臨していたやつがクーデターおこされて全然学校に来なくなったとか。

主人公は手紙と写真を見て、冷淡なまま終わるとか。

さびしい終わり方やなあ。

 

そういう哀しい、寂しい結末を、漫画家の藤子不二雄は感動の結末へとアレンジしたのね。

小説の方がリアルだけど。

エンターテイメントとしての後味の良さは、漫画家の藤子不二雄は感動の結末へとアレンジのほうがいい。

 

漫画家の藤子不二雄は感動の結末へとアレンジをして。

映画化でも、藤子不二雄の感動のアレンジを取り入れて、スイートな結末へと昇華したのでしょうね。 

 

それと、小説では、タケシを権力の座から追放するのが同じようなマッチョな生徒たちで群雄割拠状態になるのだけど。話としてはこっちのほうがリアルね。

 

藤子不二雄の漫画家では、民主化の暗部としてアレンジしてるわね。私には、こっちのほうがズキーとくるし、今にも続くテーマね。反差別活動家の暴走とか。

漫画での設定では、タケシを権力の座からひきずりおろせたケンスケってのは、病弱でおぼっちゃまでインテリということになってるけど。漫画のこういうタイプの顔は共産党か左翼か組合タイプでよう書かれるステロタイプの顔で。戦後左翼の暴走のイメージ化というふうに感じたわね。

 それと漫画のケンスケの顔はどうみても子供じゃなくて、大人の左翼か共産党か組合の活動家の顔ね。戦後の民主化、左翼の暴走を暗示しているのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

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そして和解へと続き、号泣と感動と。そして悲しい別れと。
 

 

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5CHの「少年時代」のスレで、

 

韓国の映画で、日本映画の「少年時代」のパクリみたいなのがあるって書かれていて。

 

韓国映画『われらの歪んだ英雄』

 

 

 

面白そうだからチェックしてみて。

 

日本映画の「少年時代」とかなり酷似している。これはもうかなりの影響を受けてるわね。

 

ただ、違いもかなりある。

その違いで、国民性の違いや歴史の違い、文化の違いを分析できると面白いわね。

それと、どこにどう魅力があるのか、魅力が無いのかの違いも分析できると面白いわね。

 

私なりの視点だけど。

日本の映画『少年時代』で腐女子のハートを直撃されたから、その路線をぜひって期待をしてたから、そういう意味では期待を裏切られてしまったのね。

韓国映画『歪んだ英雄』には、主役の二人に、せっかくルックスのいい若い少年俳優たちを出しているのに。

色気が全然ない。

女性観客向けに美少年俳優を堪能するような要素もない。

同性愛や恋愛を邪推できる要素なし。全然、萌えポイントなし。そこが惜しいわね。

それと通俗的な商業的な性的魅力がないわね。

 

藤子不二雄の漫画や映画版『少年時代』みたいな、感動の和解もないし。

カタルシスもないし、ラストの感動もないし。

 

韓国映画『歪んだ英雄』は、作品としての質も高いし、監督としての演出の実力はおありなの。政治性、社会的背景との咀嚼、芸術性、文学性もあるの。

でも、美少年ファン好き、BL、萌えるの希望の観客をもだえさせるような性的魅力がないの。何度もリピートしたいと思わせる性的魅力もないし。感動ポイントもないし、商業性もないわね。

地味な展開で、ラストの終わり方も地味で陰鬱だし。

 

やっぱり、藤子不二雄A『少年時代』には読者アピールの大衆性と感動ポイントがあったし、映画化も観客アピールする少年萌え、セクシーさ、キュンキュンさせる部分、感動ラストがあったわね。

 

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 話飛ぶけど。

 

これがもし、設定を戦前、戦争中の朝鮮半島にして、日本本土から来た成績優秀なリベラルな家庭のおぼっちゃまが、朝鮮半島の生粋の土着の朝鮮人で貧乏人のガキ大将に翻弄されるという設定にしたら、話がもっともっと強烈になってたやろうなあ~。

 

 5chのスレで、主役のタケシ役をやった俳優について、

「日本人が思い浮かべる朝鮮半島系のイメージもある」

「得体が知れず、異文化で、何をしでかすかわからず、暴力的で」

ってたしかに。

 

 

 

 

 

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 以下、続きます

 

 

noranekonote.hatenablog.jp

 

 

 

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今頃、映画『少年時代』に萌えて

今頃、映画『少年時代』に萌えて






twitterで、編集者の喜多野土竜が、しばき隊系ヘイトスピーチ反対活動家界隈を批判して。

 

その例えとして、古い漫画の一部を例にだした。

藤子不二雄A『少年時代』で、戦争中の田舎の小学校を舞台に、横暴なワンマンだったタケシが権力の座から失墜し、クーデターの派閥から凄惨なリンチにあう場面。

その例えが絶妙で傑作。

それから、長いこと忘れていた『少年時代』を思い出して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しばき隊界隈と、『少年時代』

 

古い『少年時代』の暗喩は、今にも通じるわね。

 

私は元々、RKさんの会員で。

RKさんは講演会でも、行動保守界隈、在特会を徹底批判をしてたし。

RKさんが、西村、瀬戸界隈から抗議されて、大騒動になってボロボロなってたことあったので、会員はもう完全に、行動保守界隈を敵認定してたわね。

RKさんとこを、いじめ問題で退会をして。

 

その後、ヘイトスピーチ反対活動に、私も少し関わってたけど。

最初は、行動保守界隈のデモ街宣をひどいと思ってて、私からしたら敵認定だったけど。

 

でも、ヘイトスピーチ反対活動も最初の頃は意義があったけど。

その頃からもう李信恵界隈とかがいばりかえってて。その頃からもう腐臭をはなってたけど。

ヘイトスピーチ反対活動が暴走をしてきて。

 

李信恵界隈から加害者認定をされてショックだったときに、慰めてくれたのが行動保守界隈で。

私以外にも、李信恵からいじめられた反差別界隈の女性が行動保守界隈の五条に泣きながら電話をかけてたとか。ヘイトスピーチ反対活動界隈には、李信恵にいじめられた者の受け皿がないのね。

 

ヘイトスピーチ反対活動が、外部、敵認定をしてものにたいしても、妨害活動が暴走してきたし。

内部に対しても、派閥の弱いところにリンチ事件をしたりセカンドリンチをしたり。

 

もう行動保守界隈が弱体化をしているし、丁寧な対処で十分なのに。いまだに遠くから離れての妨害活動しかできないし。

 

いくらなんでも、行動保守界隈に同情が集まるわね。

 

漫画『少年時代』で、横暴なタケシに対して、病弱なおぼっちゃまが反撃をし権力の座から追放をするけど。ちょうどいいところで区切りをつけて後はキチンとした公平公正平等な秩序維持につとめればいいものを。病弱なおぼっちゃまグループからのタケシへの制裁も過剰すぎて、タケシに愛憎相半ばする主役のシンイチはかえってタケシのために泣く。

やり過ぎるとかえって同情を呼ぶのね。

 

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藤子不二雄『少年時代』タケシへの過剰な制裁にシンイチ泣く

 

 

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藤子不二雄『少年時代』民主主義の暗部の象徴

 

それと、行動保守界隈の一部には、言い分もあるし、良心的なのもいる、ということに気がつきだしてきて。再評価する部分もでてきて。

元はといえば、朝鮮総連系、反日左翼への怒りの受け皿だったしね。

仲間を大事にし、仲間から愛されてるのもいる。

行動保守界隈で、仲間を大事にし、仲間から愛されてるのもいるのでは、

関西では、スキンヘッドの山本。荒巻(バーをやってるの)。

関東では、佐藤悟志

行動保守界隈の外様だけど、良心的なのがyurodivy(佯狂者)。

 

全否定したりせず、是々非々で慎重に丁寧に対処をすべき時でしょう。

一部の良心的な部分に対しての愛情を感じる方々もいるし。

そういう方々の気持ちに配慮をしながら、慎重に徐々に対処をしないといけない時期なのね。

 

 

私なんかには、魅力も交渉能力もないから、行動保守界隈とも、ヘイトスピーチ反対活動家界隈とも、交渉も調停もできんけど。

 

でも、もうそろそろ、行動保守界隈への凄惨な妨害活動はやめにすべきとは進言は続けるつもり。

 

 

藤子不二雄Aの漫画『少年時代』は傑作で、今の時代にも通じる普遍性を維持しているのね。

 

 

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映画『少年時代』への再評価への軌跡

 

 

リアルタイムで見てきた私にとっての評価の変遷を言うわね。

 

ずっと長いこと忘れてたけど、思い出して。昔、藤子不二雄の漫画『少年時代』分厚い本を病院の受付にあったので読んでみたら、最後で号泣した思い出を思い出して。 

 

病院の受付で予備知識も何もなしに、分厚い単行本を一気に読んだときの感想。

漫画は、最初は暗い絵が気持ち悪かったし、イジメやドロドロの人間関係や暴力描写がきついし、嫌~な感じで。嫌なまま終わるのかと予想をしてたら。まさかの怒涛の展開で、感動と涙の終わりで、後味がよくて。号泣。傑作。

 

藤子不二雄Aなんて絵が気色悪くて、つまらなくて嫌いだったけど、こんなすごい傑作を書いてたなんて知らなかったと評価を変えて。

 

昔、漫画『編集王』の登場人物の漫画家の話があって。

私もこれとそっくりな思いをしたなあ~と。

過去の名声の遺産で漫画業界に居続けている漫画家で、新進気鋭の編集者見習いがそのネームを見てあまりのつまらなさにあきれかえって。ところが過去の作品をチェックしてみたら傑作で号泣して驚いたって。

このモデル、藤子不二雄Aか? 他にもたくさんモデルがいるかもしれんけど。

 

まず、藤子不二雄のAのほうを再評価し直して。 

 

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藤子不二雄Aデジタルセレクションで、最初の一冊だけ無料で読めるようにしてあって、『少年時代』の第一巻が無料で読めますよ。

 

fujiko-a.com

 

 もしよかったら、2巻目以降、買って読んでください。

 

今は図書館でも、漫画を置いてあるところもあるから、よかったら探してみて。

私の地元の図書館でも、分厚い単行本が借りれましたよ。

 

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それから、映画化されてたのを思い出した。

リアルタイムで知ったけど、その当時はたいしたことないやろと避けてたわね。 

日本映画業界の実力ではまずあの漫画のレヴェルに達するのは無理だろうなと予想してて。篠田監督って、下手な監督やん。これで絶望して。

 

予告編を見て。

 

 

 

 

 

原作にはなかった余計な女のお色気設定が追加されてて、その女がチョロチョロ男とどうだこうだ、する部分が邪魔で。いややなと。原作を汚されたようで避けてて。

  

中野みどりが映画評で

「子供を小さな大人として描写するのができない」

「日本映画は子供を描くのが下手。外国映画は子供を描くのが上手」

「演出が下手」

と酷評。

まあ、そうだろうな~と。

 

TVで、淀川長治、おすぎとで映画対談で。

淀川長治「私は大好き」

おすぎ「これ、いまいち」「先生、主役の男の子が好きだから甘いんでしょ」

淀川長治「きみ、ようも、そんなゲスなこと言うわね。もう口きかない」

 

まあ、これはね。

ゲスな邪推を言われたようで怒ってたけど。

淀川先生も、キチンとした反論と説得をできればよかったわね。

たとえば、

「主役のガキ大将のキャスティングは奇跡で本当に素晴らしくて、彼がこの映画を支えているわね」

「私にとっていくら性的魅力のある男性でも、ただ出演しているだけでは映画を認めないし褒めないよ。ただのアイドル映画みたいに、かわいいのがチャラチャラ出てるだけってのなら褒めないよ。無意味ならほめないよ。ミスキャストや映画をぶち壊しなら絶対褒めないよ。」

「確かに、演出はつたないわね。それは確かにそうね。でも今の日本のTVドラマのひどさ、日本の映画のひどさに絶望をしてきたから。これだけでも、本当に応援したいわね」

「特に1980年代以降は、日本映画が本当にろくなのがなくて絶望的で。これだけのレヴェルができたってだけでもうれしかったし応援したいわね。アニメで稼いで、しょうもない実写で見放されるわ赤字だわってのをアニメの稼ぎで補填ってのばかりだったしね。1980年代以降の日本映画で実写でいいのは数えるほどしかなかったのではないかな。しかもお年寄りから小学生まで鑑賞できてある程度のレヴェルに達しているのってなると、もうこれぐらいじゃないかしらね? 他はほとんど通向けばかりだしね」

「芸術性、政治的テーマ、商業性、大衆性、世代間格差なしに楽しめる、そいうのをギリギリ両立させられてるわね。今の日本映画界で、これだけできただけでも応援したいわね」

「日本の戦前、戦中、戦後の時代の精神を、今こうやって切り開いて見せて。それでいて観客動員、商業的成功へとつなげることができるのはなかなかないものね」

「戦前、戦中を生きてきたおじいさま、おばあさま、そして今現代の子供も、世代を超えてみんなが鑑賞できるレヴェルのができたってだけでも、うれしいし、どうしても応援したいのね」

「例えば、少年萌え、愛と憎しみとの複雑な関係をスイートに表現をして、観客の胸をキュンキュンさせて、感動させて泣かせてって。これだけできただけでも、たいしたものよ。応援したいわね」

 

例えば、こういうふうに分析できて、是々非々で説得できればよかったけど。ムッと怒っただけだったのは惜しかったわね。

  

 

TV放映されたのでチラッと見たけど、たまたま演出の下手な部分を見て。

 

小学生のデブチンが権力を握って、主役の都会からの疎開っ子を頭を押さえつけて、眼をつむりながら面白いお話をさせて聞きほれるとか。演出下手だな~とウンザリして。

なんで戦争中の食料不足のド田舎であんなデブチンがいるんだ!と腹がたったのと。演出の下手さでイラッときたのと。

 

それと、原作にはなかった余計な女の役が追加されてて、その女がチョロチョロ男とどうだこうだ、する部分が邪魔で。いややなと。原作を汚されたようで避けてて。

  

ところが、最近になって、ツイッターで原作漫画を褒めてるのを見て、思い出して。

 

それとネット検索をして、映画も思い出して。 

AMAZONのDVD販売とコメントで、「同性愛、恋愛」とふれられてて。

 

 

 

 

少年同士のせつない同性愛、恋愛ネタもいいわね。大好き。そういうの大好きなのに、なぜか受け流してたわね。演出下手そうだから、原作を汚されそうでこわいと避けてたのかなあ。

 

同性愛、恋愛ネタも思い出して。

ネット検索で「少年時代 藤子不二雄 同性愛 恋愛」で検索をしたら、色々とヒットして。

5CHのスレで、この映画を最高に愛している方々が熱い思いを語ってるのを見て、胸をうたれて。

できるだけ、是々非々で評価をしよう。再評価とチェックをしようって。  

 

映画の予告編も見た。

ラストシーンだけを編集とアップされてるのも見て。

これはやっぱり、胸をうつわね。

 

 

 

私は、腐女子だからそういうネタが大好物だし、久しぶりに燃えだしてきて、

「少年時代 藤子不二雄 同性愛 恋愛」でネット検査鵜をしたら。

色々ひっかかってきて。

 

藤子不二雄の熱狂的な大ファンでさえ、これはもう同性愛、恋愛だと。

 

koikesan.hatenablog.com

 

 

 

 

5chの『少年時代」のスレが傑作で。

  

rio2016.5ch.net

 

 

「この映画には、抑圧された同性愛が含まれている」って。

私もそう思う。

その解釈には反対して、「同性愛なんかじゃない!」と反論する意見もあるけど。

 

このスレには、映画版『少年時代』を愛する方々の熱い思いが次々につづられている。

 

 

この映画をすごく愛している方々が大勢いるのね。

もちろん、このスレには色々な意見が分かれてて。

漫画のほうを傑作と評価し、それからしたら映画化の方を低評価の方もいれば。

原作の小説を一番評価し、映画の方を低評価の方もいるし。

映画の方を最初に観て感動したけど、漫画の方は絵がホラーみたいで無理だとか。漫画のほうは重すぎて無理だとか。そうだろなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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この漫画化には魅力が色々あるけど。

戦前から戦中、戦後にかけての精神史の断面が見事に切り開かれている。

戦前の前近代的な人間関係への違和感も書かれているけど、打倒ファシズムにもやり過ぎの部分があったし、それにも共感できない気持ちも書かれているし。

 

都会のリベラルで平等で公平で対等な人間関係を経験してきた少年にとっては、田舎の前近代的な縦型のマッチョな独裁体制には嫌なものを感じてきたけど。いい部分もあるし、愛憎半ばする複雑な感情で。でも、最後には対等な友情関係が築けるかと期待し、でもガキ大将の早すぎる死でそれもかなわなかったけど。

 

第二次世界大戦中の日本を舞台にしながらも、今現代の若い世代の子にも楽しめるし、お年寄り世代にも楽しめる。こういうのは本当になかなかありえないからね。

 

それと、この漫画の魅力の一つが、抑圧された同性愛、恋愛のもだえ。

 今時の腐女子のBL漫画はもう甘ったるすぎて、もう飽きちゃったし。

ゲイの同性愛漫画も、私の好みではなくて。 

ところが、『少年時代』の愛と憎しみとが交差する関係に、同性愛と性とをさりげなく追加したら、私好みのちょうどいいぐらいのBLができるはず。

  

田舎の貧困少年が、都会の恵まれた階級の転校生への愛と憎しみとで複雑な感情で。

 

抑圧された同性愛、恋愛感情。 

 

藤子不二雄のA先生は、抑圧された同性愛の美学があるなあ。

 都会からのシンイチと富山のタケシとが水泳に行って、シンイチが別の地域の対立グループにからまれたら、海からふんどし一丁でタケシがかけつけてくる場面は、ホモのエロスにあふれてるなあ。

少女読者好みのBLじゃなくて、泥臭い『さぶ』みたいな。 劇画タッチで、筋肉隆々の兄貴って感じで、小学生には見えないわね。なんか、ホモ雑誌の『さぶ』みたい。

 

この映画の魅力の一つは、私たち女性好みのちょうどいいぐらいのスイートな少年萌え

  少年萌え、愛と憎しみとの複雑な関係をスイートに表現をして感動させて泣かせてって。

 映画は、少女読者好みのBLっぽいスイートさにあふれている。

萌え~。 

私はもう願望もこめて、抑圧された同性愛と解釈するけど。

 

でも中には、同性愛説をすごい嫌がる方々もいるのね。愛する映画を汚されたようで嫌なのかしらね?

「違う! 田舎の貧困家庭の子が、都会の裕福な子に対する愛憎だ」

「子供時代の曖昧な友情関係には、これと似たような愛憎はいくらでもある」という反論をするのがいるわね。

同性愛関係と言われるのをものすごい嫌がる方々も大勢いらっしゃるわね。

 

都心部に進二が行くと、対立グループにからまれたら、タケシがかけつけて助けてくれて。

写真館に行って記念撮影をして。

暗くなるまで写真館で待機してる時、進二が「タケシくんは優しいのに。なんで・・・」

タケシ「いじめるのかってか?」

そして進二を床に押し付けて「わからんのう」と涙ぐむ。

ズキューン! 腐女子直撃! 

 

もう、このまま都会っ子をレイプしてーーーー!

 

小学生同士のレイプなんて載せたら完全上映禁止なるけど。

これ、やおい本で小学生同士のレイプ本なんて出したらもう今なら抗議殺到しそうだけど。

海外では厳しく禁止されてるとか(アメリカのアニメ『シンプソン一家』で、主役の男の子が下半身すっぽんぽんになってお尻が見えるシーンでさえ禁止とか! 「誰があんなのに欲情するんだ?」ってツッコミきてたな)。

でも私はほしい。私に書ける能力があれば、頭の中の妄想をいくらでも書くのになあ。私の頭の中では、タケシは都会っ子をこのままレイプしてるけどね。

  

私は本当は右翼のマッチョで暴力的な男の人は大の苦手だけど。

いたいけな男の子、ショボくてかわいいキモオタ君のほうが好きだけど。

いたいけな男の子が色気のあふれた強い魅力的な男の人からレイプされるという設定にズキーッ!とくるから。

「過去に強い男の人にレイプされました」というイタイケナ男の子にはポイントが上がるし、だきしめてあげる。

 

 

 

好きな場面は、他にもね。

都会っ子がいじめっ子たちからいじめにあったら、太めの子からかばってもらえて仲良くなって。その太めの子が読書が苦手だというから、面白い本のあらすじを教えてあげたら。

タケシらが「シンジと口をきいたやつは制裁をする!」って制裁をして。

都会っ子の家にまでタケシが来て。「フトシに面白い本の話をしたのに、俺にはできんのか! 話をしろ!」と言い出して。

都会っ子が正座のまま、恐る恐る、少しずつ確認しもってお話をしだして、その間がいいし。

「『岩窟王』でいい? いい?」

「ナポレオンの時代だけど? ナポレオンって知ってる? ナポレオンの説明しようか?」

タケシが「イチイチ俺にきくな!」「いいから話せ!」と怒鳴って。その時のタケシの凄みと貫禄と色気がすごい。  

 都会っ子への燃えるような独占欲の色気を発散している。

それと都会っ子のほうが色々知っているのに自分は知らないことへのコンプレックスと嫉妬もにおって。それでいて謙虚に教えをこうとか頭を下げるなんて絶対できなくて。好きな場面ね。

 

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映画『少年時代』、シンジは正座でハラハラしながら巌窟王を語る

映画『少年時代』、華奢なシンジは正座でハラハラしながら巌窟王を語る。タケシはドスと凄みをきかせて胡座で命令。

 

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映画『少年時代』タケシ、シンジにこわもてで巌窟王の話を聞く

 

 

それからシンジの語りで、映像には古い時代の娯楽小説の挿絵が次々と現れて。

あの当時の大衆娯楽のレトロにウットリするし。

あの当時は、話を語る語り部ってのが娯楽として成立し、重要だった時代なのね。

 

華奢でひ弱くても読書家(オタク)の男の子が重用されるのを象徴しているのも、ショボくてかわいいキモヲタ君好きの私はうれしい。

 

 

最後の方で、タケシへのクーデターで権力失墜、病弱なおぼっちゃまが過酷な制裁をするようになって。 

映画の最後のラストシーンは、甘い別離のシーンで。感動。甘い甘い追憶。これにはもうメロメロなるわね。

 そして場面が変わって、二人の写真が豪勢な本棚に飾られてて大きなハードカバーの本の本棚で、背表紙に「伯」という時だけ見えるのは大人用の「モンテクリスト伯」の本でしょうね。思い出の本なのねってハートがメロメロなるわね。

 

 

 

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それぞれのファン層、それぞれの作品の評価の違いを是々非々で。

 

 

原作小説、漫画、映画、それぞれの違いと是々非々。 

 

昔、角川書店が映画化で「読んでから観るか、観てから読むか」のキャッチコピーをしてたけど。

漫画の『少年時代』の映画化も、「読んでから観るか、観てから読むか」のキャッチコピーがピッタリね。

 

★ 原作の小説は、一流の文学者が実体験を元に書いたから、主人公の過酷な状況描写はリアル。いじめ、暴力描写も過酷。最後は冷めたまま終わり。感動の結末はなし。

 

★ 藤子不二雄の漫画の『少年時代』は、小学生でも激しい権力争い、イジメ、暴力を描写で、つらくてよう読めんって読者もいるでしょうね。児童漫画家時代のかわいいタッチと劇画タッチのドス黒い陰影ある絵とで相克があるわね。小学生のはずなのに小学生には見えない、小さな大人にしか見えない、ダークな陰影の濃い劇画タッチなのには、濃すぎて引く人もいるわね。

小説にない設定を追加してて、ケンスケ(戦後民主化の暗部の暗喩)の暴走、最後の感動ポイントを追加したのは個人的には一番好き。

 

★ 映画化された『少年時代』は、甘いノスタルジー。スイートなエンディング。登場する小学生たちがみんな、ほんものの子供で、かわいくてキュンキュンもだえる。ガキ大将のキャスティングが奇跡。

そっちを見てから原作の漫画のキャラクターの絵を見ると、どう見ても子供には見えない、劇画のおっさんみたい、という欠点が目立つようになるわね。

映画ではいじめ、暴力シーンをかなりマイルドにおさえてるわね。映画を見てから原作の小説や漫画を読むと暴力が過酷でつらくてよう読めないって方々もいるでしょうね。

 

 

 

作品としての質の高さと私の個人的な好みとで、藤子不二雄の漫画化の方がいいけど。

 

まずはこれを読んで感動で号泣をしてから、映画化を知ったから全然期待して無かったし、かえって原作が汚れる思って避けてたのね。 

 

TV放映された時にチラッと見たら、演出が稚拙、余計な女の色恋ゴタゴタが追加されてると感じて避けてしまってた。 

 

小学生のデブチンが権力を握って、主役の都会からの疎開っ子を頭を押さえつけて、眼をつむりながら面白いお話をさせて聞きほれるとか。演出下手だな~とウンザリして。

なんで戦争中の食料不足のド田舎であんなデブチンがいるんだ!と腹がたったのと。演出の下手さでイラッときたのと。

  

漫画では、3人の小学生の登場人物の役を、一人のデブチンにやらせたから、焦点がぼやけておかしくなったのね。これはやっぱり、3人の配役に分けてほしかったわね。

山下清みたいな優しい田舎の子。

 

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藤子不二雄『少年時代』

 

タケシがシンイチを仲間はずれにすると決定をしたのに、シンイチと喋ったので集団リンチされて、もうシンイチとは口きかんと態度を変える子。

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藤子不二雄『少年時代』

強面で体がガッシリとでかくて、シンイチをかばう子で、タケシともいじめっ子とも対峙できる男の子。タケシとのタイマンで負けたので配下にくだる。

でも、どうみて小学生とは見えないけどね。こんなキャスティングは探すのは難しいでしょうね。

 

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藤子不二雄『少年時代』

 

 

そうだ、もう一人の役とエピソードがあったわ。

シンジが自慢のバックルを、いじめっ子ノボルに奪われるエピソード!

そのいじめっ子から、タケシがバックルをタイマンで奪い返して。それを一応表向きには強奪したように見せて、実は隠れてシンジに返してあげて。今後は表に出すなと。

つまりタケシが悪役になっていじめっ子ノボルに恨まれてしまったのね。これが後々の裏切りとクーデターと遺恨につながるという重要なエピソードなのに。

それを映画ではデブチンが卑しくもらおうとしたという風に改変をしたから、役柄と焦点とがぶれてしまってるわね。

 

それと、映画化では、原作の漫画にはなかった余計な女の役が追加されてて、その女がチョロチョロ男とどうだこうだ、する部分が邪魔で。いややなと。原作を汚されたようで避けてて。

 

作品としての質の高さでは、漫画のほうが圧倒的なのね。

 

でも、その後、忘れてたけど偶然なきっかけが重なって、藤子不二雄の漫画化を思い出して。

 

それから映画化の方への熱い思いを語る方々の意見を読んで、心が洗われて。再評価するようになってきて。

 

映画化されたものが、どこがどう愛されるか?

 

★ ガキ大将、タケシのキャスティングが奇跡で神レヴェルで

★ 実際に演じているのが小学生の子供たちで、かわいい。丸坊主で、素朴で。これ重要。実写のインパクト。

★ ラストシーンのスイートさのインパクト。実写の汽車、田舎の風景、トンネル、そして主題歌のインパクトの相乗効果は強烈。

 

ガキ大将、タケシのキャスティングが奇跡で神レヴェルで。

性的に魅力があって色気があるから。

これはもう破壊力がすごいから、漫画のキャラクターよりも心をうつのね。

 

 

逆に、最初に映画を見てから、藤子不二雄Aの漫画を見ると、藤子不二雄Aの漫画のほうに苦手意識を持つのが当然でてくるわね。

ダークでヘヴィーで怖いし。 いじめや暴力の描写はもっと過酷やし。

主要登場人物の小学生らが、子供には見えない。大人の雛型という違和感を感じるわな。 

 タケシのキャラは、劇画タッチで大人にしか見えないわな。

主役をかばう、体格のいいマサルも、劇画タッチで大人に見えるし。

他の小学生、中学生キャラも、劇画の悪役の大人にしかみえないし。 

特にタケシを権力の座から追放する、病弱なおぼっちゃまでインテリ君も小学生には見えなくて、どうみても、共産党か左翼の活動家のおっさんにしか見えへんし。戦後の民主主義への移行への闇の暗喩なんだけどね。

 

 

 

 

漫画、映画を見てから、原作の小説を、図書館で借りて読んでみると。

 

原作の小説は、もっと過酷。

 

藤子不二雄Aの漫画は、この映画の小説を彼なりにかなりアレンジをして、スイートに感動ものにしているわね。

さらに映画化はさらに藤子不二雄Aの漫画をスイートにしているわね。

  

原作の小説には、スイートな恋愛、同性愛的な要素はもう全然なし。萌えポイント全然なし。

 

ガキ大将のタケシを、他の暴力男たちが権力の座から追放して。

暴力がひどくて、元ガキ大将のタケシを半殺しにして、タケシの歯はボロボロで口に銀歯をいれかえて。ひどい。主人公は、タケシの歯が銀歯になったのを見ても冷たい、ってひどい。

タケシの父親が学校に相談にきたので、教師がクラスで問題視して取り上げたので、とりあえず、他の生徒たちはタケシへの暴力制裁を少しはひかえるようになって。

タケシの権力の座からの追放の後は、群雄割拠状態で、どこにどう立ち回ったらいいのか、下の弱い子らはオロオロ状態でかえって。困ることになって。

 

こういう筋たてのほうがリアルね。

 

タケシが銀歯をした口で、主人公に話しかけて来て一緒に中学いく勉強のおさそいがあったけど、主人公は冷たかったとか。それ、ひどい。

 

漫画でも、映画化でも、主人公が元ガキ大将を心配して話しかけるのに、タケシは拒絶するのに。そのほうがタケシの魅力的になるのにね。小説だと、タケシは主人公からもう全然興味の対象外で哀れで惨めなのね。

 

主人公が後で反省をして、自分が都会から来て、田舎の秩序を乱したから、それで田舎のタケシも興奮して過剰反応をしてしまったのではないのか、って。

 

主人公が都会に帰ってから、タケシから手紙と写真とが送られてきたけど。

手紙には、タケシ失墜後に権力の座に君臨していたやつがクーデターおこされて全然学校に来なくなったとか。

主人公は手紙と写真を見て、冷淡なまま終わるとか。

さびしい終わり方やなあ。

 

そういう哀しい、寂しい結末を、漫画家の藤子不二雄は感動の結末へとアレンジしたのね。

小説の方がリアルだけど。

エンターテイメントとしての後味の良さは、漫画家の藤子不二雄は感動の結末へとアレンジのほうがいい。

 

漫画家の藤子不二雄は感動の結末へとアレンジをして。

映画化でも、藤子不二雄の感動のアレンジを取り入れて、スイートな結末へと昇華したのでしょうね。 

 

それと、小説では、タケシを権力の座から追放するのが同じようなマッチョな生徒たちで群雄割拠状態になるのだけど。話としてはこっちのほうがリアルね。

 

藤子不二雄の漫画家では、民主化の暗部としてアレンジしてるわね。私には、こっちのほうがズキーとくるし、今にも続くテーマね。反差別活動家の暴走とか。

漫画での設定では、タケシを権力の座からひきずりおろせたケンスケってのは、病弱でおぼっちゃまでインテリということになってるけど。漫画のこういうタイプの顔は共産党か左翼か組合タイプでよう書かれるステロタイプの顔で。戦後左翼の暴走のイメージ化というふうに感じたわね。

 それと漫画のケンスケの顔はどうみても子供じゃなくて、大人の左翼か共産党か組合の活動家の顔ね。戦後の民主化、左翼の暴走を暗示しているのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『少年時代』と、韓国映画『われらの歪んだ英雄』との違いで、見えてくること

 

5CHの「少年時代」のスレで、韓国の映画で、日本映画の「少年時代」のパクリみたいなのがあるって書かれていて。

 

韓国映画『われらの歪んだ英雄』

 

 

 

面白そうだからチェックしてみて。

 

日本映画の「少年時代」とかなり酷似している。これはもうかなりの影響を受けてるわね。

 

ただ、違いもかなりある。 

その違いで、国民性の違いや歴史の違い、文化の違いを分析できると面白いわね。

それと、どこにどう魅力があるのか、魅力が無いのかの違いも分析できると面白いわね。

 

私なりの視点だけど。 

韓国映画『歪んだ英雄』には、主役の二人に、せっかくルックスのいい若い少年俳優たちを出しているのに。

色気が全然ない。

女性からみて美男俳優を堪能するような要素もない。

同性愛や恋愛を邪推できる要素なし。全然、萌えポイントなし。そこが惜しいわね。

それと通俗的な商業的な性的魅力がないわね。

 

藤子不二雄の漫画や映画版『少年時代』みたいな、感動の和解もないし。

カタルシスもないし、ラストの感動もないし。

 

 韓国映画『歪んだ英雄』は、作品としての質、監督としての演出の力量としてはこっちのほうが上なのね。政治性、社会的背景との咀嚼、芸術性、文学性、としても上。

でも、観客をもだえさせるような性的魅力、何度もリピートしたいと思わせる感動ポイントもないし、商業性もないわね。

地味な展開で、ラストの終わり方も地味だし。

 

やっぱり、藤子不二雄A『少年時代』には読者アピールの大衆性と感動ポイントがあったし、映画化も観客アピールする少年萌え、セクシーさ、キュンキュンさせる部分、感動ラストがあったわね。

 

まあ、これはね、日本の戦後史と、韓国の戦後史とでは全然違うから。

そういう戦後史や文化の違いを、懇切丁寧にまとめたのを、誰かやってくれへんやろうか?

韓国の歴史と文化に詳しくて、それでいて反日史観にとらわれてない方がいいな。

 

 

 

 

 

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 話飛ぶけど。

 

これがもし、設定を戦前、戦争中の朝鮮半島にして、日本本土から来た成績優秀なリベラルな家庭のおぼっちゃまが、朝鮮半島の生粋の土着の朝鮮人で貧乏人のガキ大将に翻弄されるという設定にしたら、話がもっともっと強烈になってたやろうなあ~。

 

 5chのスレで、主役のタケシ役をやった俳優について、

「日本人が思い浮かべる朝鮮半島系のイメージもある」

「得体が知れず、異文化で、何をしでかすかわからず、暴力的で」

ってたしかに。

 

 

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漫画『少年時代』のタケシの軍国ファッションには、戦後民主主義教育の私はヒヤリとするけど。

 

 

戦後民主主義教育の私は、「日の丸、旭日旗、戦前、戦争中の軍国ファッションには唾棄すべきもの!」と言う教育を受けてきましたからね。

 

それと右翼が大嫌いだし。

RKさんが、「右翼は実は反日朝鮮半島系だらけ。北朝鮮系の反日朝鮮半島系が右翼を偽装して、日韓対立、日中対立を扇動のドス黒い謀略活動をしている」

右翼が「ころせー!ころせー!朝鮮人!」って拡声器でわめいていたなあ。

行動保守界隈、ヘイトスピーチ反対活動が、日の丸や旭日旗の旗をふりかざし、日の丸の鉢巻きをして、ヘイトスピーチを吐くのもいやね。

 

ただ、行動保守界隈は、オラオラのドキュン系統か、ショボくてかわいいキモオタくんが混在してて。

ショボイ背の小さい男の人が日の丸鉢巻をして街宣やデモに参加をしていたけど、彼に対しては、なんか嫌いじゃなかった。心の中で「旗坊」とニックネームをつけてた。なんか、ショボくてかわいいキモオタ君って感じがして、なんか、かわいいのお~キュンキュンしてた。

 

 

 

だから、漫画『少年時代』のタケシの軍国ファッションには、戦後民主主義教育の私はヒヤリとするけど。

 

ネット検索をしたら、古い少年マガジンをメリカリで販売してる画像を見つけました。

 

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少年マガジンの表紙の軍国ファッションにヒヤリ

 

古い少年マガジンの表紙で、新連載の宣伝アピールで、タケシが軍国ファッションをしているのはあるけど。

それと単行本化するにあたって、軍国ファッションをしているのが使われているけど。

 

でも漫画『少年時代』のタケシはまだ小学生で、貧乏な農家の子だから、いつも当時の普通の子供の服装しかしていないわね。シャツにズボンに草鞋程度で。

 

ただ将来の夢として、中学に入り(当時の少数の成績優秀で裕福な子にしか無理)、軍隊に入ることを夢想するシーンはあったけど。

 

今現代の 戦後民主主義教育の私からしたら、ヒヤリとするけど。

 

タケシには、ひどい横暴な部分だらけだけど。主人公を助けるいい部分もあるの。

 

この漫画には、戦後民主化の暗部も暗示するキャラクターも描写されている。

裕福な家の子で成績優秀な子で、タケシを権力の座から追放するけど。漫画の顔がどう見ても、左翼か共産党の活動家みたいなステロタイプの顔で。漫画の世界で、小学生の顔には見えんな。

 

 

 

 

対立する両者の暗部と是々非々とを描写できたのは、すばらしい。

 

戦前の軍国ファッションが、今現代の私らからしたらヒヤリとするようなものになってしまったけど。

 

左翼、共産党ファッションや、漫画や映画の左翼キャラには、まだ愛されてるし、シャレになってるから。

でもツイッターのせいで、メディアででかい顔をしている文化人で左翼系のダメぶりが露わになってきだしてて。

その流れで、左翼ファッションまで唾棄されるようになるかもしれないわね。

私は左翼キャラ、共産党キャラには愛情を持ってる世代だけど。そういう愛情と崩壊の過程を今からメモ保存しておこうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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