汚い人権活動家への批判と、ワタケンへの擁護と助言、AI「GROK」に校正を依頼

 

 

 

前回の続きです。

 

 

noranekonote.hatenablog.jp

 

 

 

私なりの意見を長文でまとめました。

それとAIのGROKに校正をお願いしました。見事な長文にまとめてくれてビックリしましたよ! 読みやすくなったよ!

 

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名誉毀損裁判

原告 : クルド人協会

原告側代理人弁護士 : 神原元弁護士、師岡康子弁護士、その他大勢

 

被告 : 日の丸街宣倶楽部 代表・渡辺賢一

被告側代理人弁護士 : 杉山程彦(みちひこ)

 

記者会見の会場にいてたジャーナリストたち

石橋学(神奈川新聞の記者)

北野隆一(朝日新聞の記者)

安田浩一(フリージャーナリスト)

その他は特定できていません


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左翼系の記者たち(石橋学、安田浩一、その他不明)の主張「国籍という属性でひとくくりにまとめて批判するのは差別」か?


いいえ、差別ではありません。


パスポートによって国民は属性で区別され、扱いに差がつけられています。

例えば、先進国同士ではビザ免除が認められ、入国に寛大な対応が取られる一方で、後進国や貧困国、紛争地域からの入国は厳しく制限されています。


もしビザ免除対象の国籍を持つ人々が日本で犯罪を繰り返すようになれば、日本国民からの不満と非難抗議が沸騰し、日本政府はその国籍に対するビザ免除を中止せざるを得なくなるでしょう。入国審査も厳重にしなくてはならなくなるでしょう。トルコ政府も、クルド系トルコ国籍の人々が犯罪やテロ組織賛美を続けた場合、日本からのビザ免除が取り消されることを懸念しているのではないでしょうか。  


世界には日本人から見れば悲惨な状況に置かれた人が何十億人も存在します。

しかし、その全員を受け入れるわけにはいかず、国境で厳しく制限せざるを得ません。貧困国からの受け入れを制限することも必要です。これは差別ではなく、現実的な対応です。

 

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日の丸街宣倶楽部の渡辺健一への進言・助言


日の丸街宣倶楽部の渡辺健一氏の

「日本人の人権が一番です」

という発言は誤解を招きやすいです。


代わりに、次のように主張したほうが良いでしょう。

 

★ 「国家がその国の国民を最優先するのが当然です。後から来た移民は、その国の国民に配慮し、現地のルールに従うべきです。私だって外国に行けばそうします。」 

 

★「長年税金を払い、インフラを築いてきた国民を優先するのは当然です。後から来た難民や移民がインフラをただ乗りするような状況になれば、元からいる国民の怒りを招きます。」  

 

★「最近は多様性やダイバーシティが叫ばれますが、元々その土地に住む国民の都合を考え、後から来た者が気遣うのは当たり前です。先住の国民ばかりが我慢を強いられるのはおかしいでしょう。」  


★ 「朝鮮半島系の在日のお母さんでさえ、『日本人が政府や企業に、自分の国の国民を最優先しろと訴えるのは当然の気持ちだよね』と言っていました。当然です。逆に韓国で韓国人が自国民を優先しろと同じように主張しても、それは自然なことだと思います。」

 

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左翼系記者(石橋学)の主張への反論

 

左翼系記者が「右翼による『外国人が犯罪を犯すことで治安が悪化する』という言説はヘイトスピーチだ」と主張することに、多くの右翼活動家が苛立ちを感じるのも無理はありません。彼らの言い分を聞くと、事実を指摘することさえ「差別」や「ヘイト」と決めつけられ、議論そのものが封じられてしまうように見えるからです。では、この主張にどう反論するか。


まず、記者の主張の核心は「外国人を属性でひとくくりにして犯罪者扱いし、排除を煽るのがヘイトスピーチだ」という点です。

しかし、これは現実と論理を無視した極端な解釈です。右翼が問題視するのは「外国人一般」ではなく、実際に犯罪を犯した一部の外国人による治安への影響です。

例えば、警察庁の統計によれば、来日外国人の犯罪検挙件数は一定数存在し、それが地域住民の不安につながるケースも報告されています。これは「属性への偏見」ではなく、客観的な事実に基づく懸念です。事実を指摘し、対策を求めることが「ヘイト」と呼ばれるなら、治安維持のための議論自体が成り立たなくなります。


次に、記者は「外国人が増えて犯罪が起きた場合、それを報道するのもヘイトになるのか」という問いに対して「はい」と言い切りますが、これは報道の自由や国民の知る権利を侵害する暴論です。

例えば、日本で外国人による凶悪犯罪が起きた際、それを報じなければ、市民はリスクを把握できず、むしろ危険にさらされます。報道が「犯罪傾向が高いかのように見せる」と批判するなら、メディアには事実を淡々と伝える責任があり、過剰な誇張を避ければ済む話です。事実の報道まで「ヘイト」と決めつけるのは、むしろ現実から目を背ける態度ではないでしょうか。
さらに、「属性でひとくくりにするな」と言うなら、国籍や出身を問わず犯罪者を非難するのは当然です。しかし、外国人が関与する犯罪が増加傾向にある場合、その背景(ビザ制度の緩さ、文化的適応の難しさなど)を分析し、政策で対応するのは国家の責務です。これを「排除を煽る」と曲解するのは、問題解決を遠ざけるだけです。


右翼活動家への共感と助言


右翼活動家が怒るのも理解できます。記者の主張は「事実を言うな、議論するな」と押し付けるもので、まるで治安や国民の安全より「差別しない姿勢」が優先されるかのようです。

ただ、彼らには「外国人全体が悪い」という誤解を招く表現は避け、「犯罪を犯す一部の外国人への対策が必要」と具体的に訴える冷静さが求められるでしょう。そうすれば、感情的な対立を超えて、建設的な議論に持ち込めるはずです。

 

 

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左翼系記者(安田浩一)の主張への反論

 

左翼系記者が渡辺賢一氏の「日本人の人権が一番」という発言を「ヘイトスピーチ」と決めつけるのに、右翼活動家が腹を立てる気持ちはよく分かります。記者の言い方だと、まるで国民の安全や利益を優先する当たり前の感覚さえ「差別」とレッテル貼りされ、議論が封じられてしまうからです。

 

では、この主張にどう反論するか。

左翼系記者(安田浩一)は「人権に序列をつけるのはヘイトスピーチだ」と批判しますが、これは現実の国家運営を無視した理想論です。人権が「等しく守られるべき」と言うのは美しい言葉ですが、どの国でも自国民の生命や財産をまず守るのは当然の原則です。例えば、日本政府が災害時に日本国民の救助を優先したり、税金をまず国民の福祉に使うのは、「序列をつけている」からではなく、主権国家として国民に対する責任があるからです。外国人がその国で暮らすなら、その国のルールに従い、貢献することが求められるのも自然な話です。渡辺氏の発言は、こうした現実的な優先順位を強調したものと解釈できます。

 

さらに、左翼系記者(安田浩一)は「なぜ日本人が一番で、外国人は二番なのか」と問い詰めますが、これは極端な二元論です。渡辺氏が「外国人は二番、三番」と明言したわけではなく、記者が勝手に序列を拡張して「ヘイト」と結びつけているだけです。実際、多くの国では自国民を優先しつつ、外国人にも基本的人権を保障しています。日本もそうです。外国人への人権侵害を肯定しているわけではなく、「日本国民の安全と生活を最優先に考えるべき」と主張しているに過ぎません。これを「属性による序列」と決めつけるのは、意図的な曲解です。


また、「人権は等しく守られるべき」という記者の主張自体、矛盾をはらんでいます。もし本当に全ての人権が等しいなら、犯罪を犯した外国人が日本国民に危害を加えた場合、被害者の人権と加害者の人権をどう秤にかけるのでしょうか。現実には、被害者である国民の人権を守るために、加害者の権利を制限する判断が下されます。これは「序列」ではなく、秩序を保つための必然です。

 

右翼活動家への共感と助言

 

右翼活動家が怒るのも無理はありません。左翼系記者の主張は「自国民を優先する気持ちすら許さない」と受け取れ、まるで国民の声を抑圧するようなニュアンスがあります。

ただ、渡辺氏の発言が「日本人の人権が一番」というストレートな表現だったため、誤解を招きやすいのも事実です。もし「どの国でもその国の国民を優先するのが当然。日本もそうすべき」と言い換えれば、感情的な対立を減らしつつ、主張の本質を明確に伝えられるでしょう。左翼系記者のレッテル貼りに惑わされず、現実的な視点で議論を進める姿勢が重要です。

 

 

 

 

 

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