はじめに:本稿における表記と和解条件について
本稿は、2026年の和解成立後に、全過程を振り返って執筆したものです。
今回の和解において、私がこの「裁判体験記」を執筆・公表すること自体は、正当な権利として認められました。
ただし、原告である被控訴人について「個人が特定できる情報」や「名誉毀損・プライバシー侵害にあたる内容」は記載しないという条件がついています。そのため、本稿では被控訴人を特定しうる情報はすべて省略、または抽象的な表現に置き換えています。
また、被控訴人側の代理人弁護士に対する批判的な論評についても、和解上は許容されています。
当初、私は実名を挙げて「同弁護士について批判的な裁判体験記を書く権利を確保する」と明記して交渉を進めていましたが、最終局面において相手方から「実名ではなく『被控訴人側代理人弁護士』という表記にしてほしい」との要望がありました。
私は大局的な和解成立を優先してこの要望を承諾したため、本稿では同弁護士についても、原則として実名を伏せ「被控訴人側代理人弁護士」と表記します。
突如届いた訴状と、私の中に生じた強烈な「疑心」
2024年8月、私のもとに突然、東京地方裁判所から一本の訴状が届きました。
原告の代理人弁護士の名前を見た瞬間、私は「あいつだ!」と驚愕しました。私にとっては過去の因縁もあり、非常に思うところのある人物だったからです。
驚きと動揺の中で信頼できる知人たちに極秘で相談を持ちかけたところ、彼らの見立ては、私の胸の中に渦巻いていた強い「疑心」と完全に一致するものでした。
「原告は、なぜ『今頃(2024年)』になって提訴なんかしてきたんだ?」
「それに、普通ならまずは本人に削除要請を出して、それが拒否されたら提訴するというのが通常の流れだろう。いきなりの提訴はあまりにもおかしい。なぜ原告は、過去にすぐ削除要請を出さなかったのか?」
「代理人弁護士のやり方も常識外れだ。本当に原告の未来や利益を思っているのなら、まずは弁護士が代理で穏当な削除要請を送り、和解協議の場で折り合いや調整をつけるべき。それなら低料金かつ即座に解決できるはずだ。わざわざいきなり裁判にすれば、長期間もめてお互いに消耗するし、余計な恨みを買うだけなのに……」
一般市民の常識に照らし合わせれば、このような不信感を抱くのは当然のことです。
しかし、私自身の感覚では、この裁判は2024年の夏に突如として始まった単発のトラブルではありません。その背景には、2014年末に発生した、いわゆる「反ヘイトスピーチ活動家たちによる大阪市でのリンチ事件」と、その後約10年間にわたって繰り広げられた、泥沼の裁判や激しい対立の歴史が地続きで存在していたのです。
私はそのリンチ事件の当事者でもなければ、直接の関係者でもありません。ただ、事件の不条理な経緯や裁判の展開に強い関心を持ち、傍聴やネット上の記録整理を続けていた一人のウォッチャーに過ぎませんでした。しかし、その客観的な記録活動そのものが、めぐりめぐって、10年後に私自身が「被告」として提訴される引き金となってしまったのです。
すべての発端となった2014年から、和解に至る2026年までの10年以上の闘争の歴史を、ここに紐解きます。
闘争の歩み:10年にわたるタイムライン
2014年:すべての発端「リンチ事件の発生と隠蔽」
2014年12月、大阪を舞台に、のちの勢力図を大きく揺るがす大事件が発生します。「反ヘイトスピーチ」運動の中心的活動家たち5人が、同じ活動に参加していた男性(当時大学院生だった主水氏)を北新地のバーに呼び寄せ、凄惨な集団リンチを加えたのです。
当初、この事件は運動のイメージ失墜を恐れた界隈によって非公開とされ、長年にわたって闇に伏せられていました。しかし、当時から情報収集を行っていた私の元には、関係者からの生々しいリーク情報が断片的に次々と届くようになっていました。
2016年:事件の表面化と「記録サイト」運営への裏からの削除要請
事件から約1年半が経過した2016年春頃、週刊誌の報道などをきっかけに、ようやく事件の存在が世間に広く知れ渡るようになります。
ネット上では、身内の不祥事を徹底的に「否定・隠蔽」しようとする活動家たちと、実際に存在した暴力行為を「告発」しようとする人々との間で、昼夜を問わない激しい論争(大騒動)が巻き起こりました。
同年、被害者である主水氏による民事訴訟が始まると、私を含めた有志たちは裁判の客観的事実をこの目で確かめるため、裁判所へ足繁く傍聴に通うようになります。私はネット上でも詳細な情報収集を行い、その経過をまとめる記録活動を本格化させました。
しかし、この記録活動は一筋縄ではいきませんでした。私が作ったまとめサイトは、彼ら界隈からの「裏からの要請」によって無残にも潰され、次に立ち上げた無料のホームページも、同様に裏からの削除要請によって閉鎖に追い込まれたのです。彼らは客観的事実を時系列順にアーカイブ化されることを何より恐れていました。
それでも、理不尽な暴力の記録を絶やしてはならないという強い使命感から、私は無料サービスに見切りをつけ、有料のレンタルサーバーと個人契約を結びました。独自のホームページを立ち上げ、何があっても潰されない強固な体制で、徹底した記録保存を続ける覚悟を決めたのです。
その後も、有料レンタルサーバーの運営会社に対して、裏から活動家たちによる削除要請が次々と届きました。
しかし、運営会社から私に対してメールで「その削除要請に応じるかどうか」の確認が届くたび、私は拒否する旨とその正当な理由を返信し続けました。運営側も私の主張を受け入れてくれたため、サイトは今も維持し続けています。
なお、唯一、私に直接メールでまともな削除要請を届けてくれた方に対しては、私は削除に応じました。これまでにも、真摯な削除要請であれば応じてきた実績もあり、それらも公表しています。
2016年~2019年:泥沼のリンチ事件裁判
2016年、被害者の主水氏は、まず自身への執拗な嫌がらせ投稿を続けていた野間氏(しばき隊リーダー)を提訴し、続いてリンチ事件の現場にいた加害者および同調者ら5人をまとめて提訴しました。
この被告5人にはそれぞれ代理人弁護士がつきましたが、そのうちの一人が、後の2024年に私を提訴した「被控訴人側代理人弁護士」だったのです。過去からの因縁があるという事実を知ってもらうために、あえてここに明記しておきます。
私は一介のウォッチャーとしてこの裁判を継続的に傍聴し、その詳細な内容をSNSやブログ、そして独自のホームページ上で実直に、客観的な事実として記録していきました。
リンチ事件の裁判は一審、控訴審を経て、2019年に最高裁判所で上告が棄却され、加害者側の賠償責任を認める判決がようやく確定しました。
さらに翌2020年1月には、長年賠償金の支払いを拒んでいた加害者側から、利息を含めた総額約142万円がようやく支払われ、一連の民事裁判は終結しました。
これで「一つの時代が終わった」と私は安堵しましたが、事態はそう簡単には収まりませんでした。
2020年~2023年:関係者をめぐる新たな刑事事件の勃発
リンチ事件の民事裁判に区切りがついた後も、あの界隈の関係者をめぐる別の暴力事件(刑事事件)が次々と発生しました。
2018年には「ヘイトスピーチ反対」活動家の伊藤氏と玉蟲氏が、行動保守の活動家・ワタケン氏との間で、神奈川県茅ヶ崎市の慰安婦問題の映画上映会にてトラブルを起こしました。
また、2020年には大阪市で伊藤氏とジクス氏が、行動保守の活動家・荒巻氏との間で暴力事件を起こすなど、彼らは相変わらず各所で警察沙汰を起こしていたのです。
特に荒巻氏との事件は「荒巻が伊藤を刃物で刺した!殺人未遂だ!」との情報がネット上を駆け巡り、大騒ぎになりました(※後に、荒巻氏が刃物で刺したという情報は間違いだったと判明します)。
驚くべきことに、2021年11月から、これら年月も場所も違う2つの事件が、横浜地裁にて一つの刑事裁判として「合同審議」にかけられることになりました。
そしてこの時、被告人である伊藤氏・玉蟲氏についた3人の代理人弁護士のうち、一人がまたしても前述の弁護士(後の2024年に私を提訴した原告側の代理人弁護士)であったというのは重要な情報です。
私はこれら派生事件についても傍聴に通い、ホームページ等への記録保存を続けました。
2022年12月、東京高裁の判決で、被告人からの控訴は棄却。地裁の判決を維持。
古参のウォッチャーたちも「今度こそ本当に一つの時代が終わった」「たぶん、被告人たちは最高裁に上告するだろうけど、最高裁で逆転なんてまずありえないだろうしね」と言いました。
そして古参のウォッチャーたちは活動を終えて去っていきました。私もこれで一つの時代が終わったとケジメがつきました。
一連の刑事裁判も紆余曲折を経て、2023年6月に被害者からSNS上で「最高裁判所で上告が棄却された」と報告書の写真とともに報告されました。
これにより、被告人である活動家たちの罰金刑(有罪)が正式に確定しました。
この確定を機に、ウォッチャーたちも「今度こそ本当に一つの時代が終わった」と活動を終えて去っていきました。
私自身もこの頃には、高齢になった実親の本格的な介護に追われるようになっており、ネットへの投稿も自然と途絶え、介護と自身の終活に専念するため、激しい対立の世界からは距離を置いていたのです。
2024年:過去の因縁から「私への提訴」へ
穏やかで静かな生活に戻っていた矢先の2024年8月、私の元に東京地方裁判所から一本の訴状が届きました。
原告は、私が長年ホームページで記録してきた一連の出来事の関係者でした。
私は事件の当事者ではなく、あくまで裁判を傍聴して客観的な事実と記録を整理していた立場に過ぎません。それにもかかわらず、今度は私自身が「被告」として、裁判闘争の当事者に引きずり込まれてしまったのです。
しかも、相手方の代理人弁護士は、2014年のリンチ事件関連裁判の被告や2020年の刑事裁判の被告人など、一貫して活動家側の弁護を担当してきた、あの界隈の「理論的支柱」たる人物でした。
この弁護士は長年、「リンチ事件はなかった(デマである)」という趣旨の主張を執拗に展開し続けており、今なおネット上で炎上を繰り返しています。当然、私のホームページでも、問題の構造を紐解く上で欠かせない重要人物として、その言動を記録保存していました。私にとっては、まさに過去からの因縁深い人物です。
裁判の過程で、原告側から「賠償金(110万円)の請求を放棄するから削除してほしい。新しい友人作りや就職活動で困っている」と和解の申し立てがありました。
しかし、私はこれを拒否しました。
それほど困っているなら、なぜ最初から穏便に削除要請をしてこなかったのか。私のホームページには「削除要請には真摯に応じる」と明記しており、実際の対応実績もありました。それもせず、過去からの因縁深い活動家弁護士を立てていきなり提訴し、私に経済的・労力的な多大の負荷をかけたことは到底納得がいきませんでした。
こうして進んだ一審(東京地裁)の判決は、賠償金22万円と訴訟費用の支払い、指定部分の削除を命じる、到底受け入れがたい判決でした。
判決書での「プライバシー権の侵害」「名誉毀損」「原告は私人」という判断には納得がいかず、私は即座に東京高等裁判所へ控訴しました。
2026年:長い闘いの終わり、そして全面和解へ
控訴審以降、私のことを「控訴人(被告)」、相手側のことを「被控訴人(原告)」と表記します。
一審の理不尽な判決結果に屈することなく、私は有能な弁護士を立てて控訴審を闘いました。
高裁から提示される和解案に対し、私は条件を厳しくした修正案を何度も提示し、粘り強く交渉を重ねました。その結果、高裁は私側の要求をかなり受け入れた「修正和解案」を提示してくれたのです。
本来なら判決まで進んで完全勝訴を目指したかったのですが、今の司法に対する不信感もあり、再び不当判決を維持されるリスクを恐れ、悩みに悩んだ末にこの和解案で手を打つことに決めました。
条件は、「一審の賠償金命令を事実上すべて破棄(金銭支払いゼロ)」とさせ、かつ「条件付きでのホームページの維持」や「相手方のやり口を批判する裁判体験記の執筆・公表権」をこちら側に認めさせるというものです。
相手側が嫌がらせで拒否して破談になることも覚悟し、「そうなったら最高裁まで戦い、批判記事を書いてやる」と腹を括っていましたが、驚くべきことに相手側もこの条件を受諾しました。
知人からは「和解案で原告側に賠償金請求を放棄させるなんて、すごいことだ!」と祝われました。
2014年末の大阪での凄惨なリンチ事件から始まった、10年以上に及ぶすべての因縁は、2026年5月、この高裁での和解をもって今度こそ本当に完全な幕引きを迎えることとなったのです。
【資料】リンチ事件から派生した対立と裁判の全貌(詳細タイムライン)
読者の皆様が、この10年におよぶ壮絶な対立の歴史と全体の流れを客観的に把握できるよう、「反ヘイトスピーチ」活動家界隈と行動保守界隈、 そして私たちが目撃してきた裁判の全記録を時系列でここに残します。
私や知人たちが、今回のいきなりの提訴に対して疑心を感じた理由が、この客観的事実の積み重ねからお分かりいただけるはずです。
1. リンチ事件の発生と隠蔽(2014年〜2016年)
2014年12月16日
李信恵氏の「反ヘイトスピーチ」関連裁判の後、報告集会を開催。続いて大阪市・十三駅にある「あらい商店」にて大規模な懇親会が行われる。
2014年12月17日 深夜
現場にいた5人組(李信恵、伊藤大介、凡、エル金、松本各氏)が大阪市・北新地のバーで飲み会を開催。その場に電話で主水(もんど)氏を呼び寄せ、主水氏に対する凄惨な集団リンチ事件が発生。
※この件は厳重に口封じされ、長年伏せられていましたが、私の元には関係者からのリーク情報が断片的に届き始めていました。
事件その後
李信恵氏が「反ヘイトスピーチ」裁判の勝訴のための公開活動を再開。それは仕方ない部分もあるとしても、必要以上に不謹慎で挑発的な言動をし続け、被害者である主水氏の怒りを買った。
さらに直接的な加害者であるエルネスト金(エル金)氏や、ビンタをした凡氏までもが公開の政治活動やイベントを再開したことに、主水氏は不満を募らせ、弁護士を通じて加害者側の代理人である普門大輔弁護士に抗議したものの、不誠実な対応しかされなかった。
(以上の事実は長年非公開にされていましたが、後に主水氏が社会派出版社「鹿砦社(ろくさいしゃ)」に対して行った証言、および同社が出版した告発書籍『反差別と暴力の正体』(2016年11月17日発売)によって私は知ることになります)
2016年3月1日
警察の捜査を経て、刑事処分としてエル金氏と凡氏の2名に罰金命令が下される。
※この刑事処分の事実も、前述の『反差別と暴力の正体』等によって後に知ることになります。
2016年4月28日
大手週刊誌『週刊実話』の報道により、活動家らの間でリンチ事件があった事実が初めて一般に明るみに出る。
しかし、関係者側からの猛烈な抗議や圧力のためか、当該週刊誌は即日、異例の謝罪記事を掲載させられた。
リンチ事件の加害者とその現場にいた5人組(李、伊藤、凡、エル金、松本各氏)は被害者意識を発信。また、彼らの支援者たちも彼らを擁護し、逆に被害者の主水氏への非難抗議を大量に投稿した。
ネット上では、身内の不祥事を徹底的に「否定・隠蔽」しようとする活動家たちと、実際に存在した暴力行為を「告発」しようとする人々との間で、昼夜を問わない激しい論争(大騒動)が巻き起こった。リンチ事件や直接的な加害者への批判だけでなく、現場にいた関係者たちの道義上の責任問題を非難する対抗言論も巻き起こった。
そしてネット上ではいまだに、リンチ事件加害者側を擁護し「リンチ事件なんてなかった」「ただの喧嘩」と主張する者と、リンチ事件の責任問題を追及し非難する者との間で炎上が続いている。これは今なお衰えない、現在進行形の問題である。
2. 民事訴訟の開始と「第一の時代」の終結(2016年〜2020年)
2016年7月6日
主水氏が、ネット上で自身への誹謗中傷や嫌がらせ投稿を執拗に続けていた野間易通氏(元しばき隊リーダー)を相手取り、大阪地裁にて民事訴訟を開始。
※この頃、鹿砦社より『ヘイトと暴力の連鎖 反原連-SEALDs-しばき隊-カウンター』(2016年7月14日)が出版される。
2016年9月12日
大阪地方裁判所にて、主水氏がリンチ事件の現場にいた5人組(李、伊藤、凡、エル金、松本各氏)をまとめて提訴(平成28年ワ第6564号)。
この5人組の代理人にはそれぞれ弁護士がついたが、その一人に2024年に私を提訴したあの弁護士が関わっており、因縁はここから始まっている。私を含めた有志が傍聴に通い、記録をネット上で公表し始める。
※その後、鹿砦社より『反差別と暴力の正体』(2016年11月17日)、『カウンターと暴力の病理』(2017年12月6日)などが相次いで出版される。
2017年5月26日 / 11月16日
野間氏に対する訴訟において、大阪地裁は野間氏に対し11万円を支払うよう命ずる判決を下す。双方が控訴したものの、大阪高裁は同年11月16日に双方の控訴を棄却し、一審判決が確定。この賠償金は、野間氏が別件で得た和解金を差し押さえる(債権の仮執行)ことで支払われた。
2017年12月6日
鹿砦社より『カウンターと暴力の病理』(2017年12月6日)が出版された。これには、2014年に被害者がICレコーダーを持参して活動家たち5人組からの呼び出しに応じて酒場に行けばリンチされた事件の証拠音声を、CD化したのが付録として添付されている。
2018年3月19日(一審判決)
大阪地裁での一審判決。エル金氏、凡氏の2名に加え、現場で暴力を容認・加担していた伊藤氏の責任も認定され、賠償命令が下る(李氏、松本氏は賠償責任なし)。判決直後、被告側の代理人弁護士と一部の被告らが、法廷外で事実上の「勝利」を祝うかのような記念写真をSNSに投稿し、ウォッチャー一同は激しい憤りを覚える。
2018年10月19日(高裁判決)
大阪高裁での判決。伊藤氏への請求は退けられたものの、エル金氏および凡氏への賠償命令は維持。李信恵氏、松本エイイチ氏への請求棄却も維持。
2019年6月12日
最高裁判所が主水氏からの上告を棄却。これにより、リンチ事件そのものをめぐる民事裁判が法律上完全に確定。
2020年1月14日
最高裁確定後もエル金氏が賠償金を支払わなかったため長期化していたが、2020年1月末までの利息分も含めた「1,429,219円」がようやく支払われる(懇意にしていた伊藤氏が代わりに全額を立て替えたものと推測されています)。
※2021年2月4日には、鹿砦社より『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』が出版される。
巻末の被害者・主水氏の総括文は、当時の人権活動家や関係する政治家、大学教授らへの怒りを伝える歴史的名文である。
3. 派生した新たな刑事事件の勃発と「第二の時代」の終結(2018年〜2023年)
2018年10月16日
神奈川県茅ヶ崎市の慰安婦問題の映画上映会にて、行動保守界隈の活動家・渡辺氏(当時、日本第一党)と、「ヘイトスピーチ反対」活動家である伊藤氏・玉蟲氏との間でトラブルが発生。当初は渡辺氏が警察に被害届を出しても無視に近い扱いだったが、この後、伊藤氏が大阪でさらに大きな事件を起こしたため、警察当局も本格的に動くことになる。
2020年11月23日
大阪市での「鹿砦社 対 李信恵」裁判の傍聴席に、ウォッチャー側と李氏支持の伊藤氏らが来訪。裁判後、李氏は伊藤氏と並んだ親密な写真をSNSにアップ。しかしこの投稿が仇となり、12月に計画されていた李氏の自治体での人権講演会に抗議が殺到。「コロナ予防のため」という名目で突如中止に追い込まれ、それ以降、彼女の自治体での目立った講演活動は見当たらなくなった。
2020年11月24日
翌日、「大阪市内で荒巻が刃物で伊藤を刺した!殺人未遂だ!」との情報が拡散しネット上が騒然となる。しかしのちの裁判で、その実態は殺人未遂などではなく、伊藤氏側による正当防衛を超えた過剰な暴力を伴う「過剰防衛トラブル」であったことが判明する。
2021年11月26日〜(刑事裁判・合同審議)
横浜地裁にて、時期も場所も異なる「2018年の茅ヶ崎でのトラブル」と「2020年の大阪でのトラブル」が、伊藤氏らを共通の被告人として一つの刑事裁判にまとめられ、異例の合同審議が開始。
ここでも被告人の代理人3人のうち1人に、いつもの弁護士(後に2024年に私を提訴した弁護士)がついていた。私はこれらも傍聴し、記録を続けた。
2022年6月3日(地裁判決)
横浜地裁にて、被告人である伊藤氏および玉蟲氏に対し、有罪(罰金刑)の判決が下される。裁判終了直後、裁判所の敷地外で被告人側の仲間たちが被害者に対して大声で罵声を浴びせる見苦しい警察沙汰が発生。その動画がネット上にアップされ大きな批判を浴びた。
2022年12月19日(東京高裁判決)
被告人からの控訴は棄却。地裁の判決を維持。
古参のウォッチャーたちも「今度こそ本当に一つの時代が終わった」「たぶん、被告人たちは最高裁に上告するだろうけど、最高裁で逆転なんてまずありえないだろうしね」と言い、活動を終えて去っていきました。私もこれで一つの時代が終わったとケジメがつきました。
2023年5月30日(最高裁確定)
最高裁が被告人からの上告を棄却。伊藤氏と玉蟲氏の有罪(罰金刑)が正式に確定。2023年6月に被害者のワタケン氏がSNS上でその報告書の写真を公表(最高裁の確定年月日が記載)。
【厳重注意:荒巻氏と伊藤氏の事件の実態】
裁判傍聴記等を読み込んだ上、様々な情報を総合して、以下が真実であると判断します。過去に出回っていた「荒巻が伊藤を刃物で刺した殺人未遂」という情報は**誤報**です。
荒巻氏が現場に刃物を持参して相手を威嚇したこと自体は、弁明の余地のない明白な犯罪です。荒巻氏自身も罪を認め、略式起訴による罰金刑を受け入れて手続きを終えました。
しかし問題はその裏側です。現場にいたジクス氏という人物が、荒巻氏の体を上から組み伏せて完全に抑え込んでいたにもかかわらず、無抵抗の荒巻氏に対し、伊藤氏が「過剰防衛」の枠を遥かに超えた執拗な暴力を振るいすぎた。だからこそ、伊藤氏側も言い逃れのできない有罪に処されたというのが、事件の真相です。
伊藤氏は有罪とされるのを拒否し、罪を認めずに刑事裁判で抵抗。罰金刑の判決が出ても高裁に控訴し、さらに最高裁まで抵抗し続けましたが、最終的に上告棄却となり有罪が確定しました。
この刑事裁判の有罪確定を被害者のワタケン氏がSNS上で公表したことを機に、ウォッチャーたちも「これで一つの時代が終わった」とケジメをつけて去っていきました。
私も同様に、老親の介護と終活という現実に専念していました。
4. 最終局面:私個人への飛び火と裁判闘争・和解の受け入れ(2024年〜2026年)
2024年8月
介護と終活に専念していた私の元に、事前の削除要請もなく、東京地裁からいきなりの訴状が届く。原告の代理人弁護士は、一連の事件で「ヘイトスピーチ反対」活動家やリンチ事件被告側の弁護をことごとく担当してきた、あの例の活動家弁護士(界隈の理論的支柱)であった。
2025年
原告側から「賠償金は放棄するから削除してほしい。友人作りや就職等に支障が出ている」と和解の申し立てがあるも、削除要請もなしにいきなり訴訟を仕掛けてきた姿勢への怒りから断固拒否。
2025年7月18日(一審判決)
東京地裁にて、賠償金22万円等の支払い、一部削除を命じる一部敗訴判決。納得がいかず即座に東京高裁へ控訴。
2026年5月11日(高裁和解成立)
高裁からの和解案は、私からの要求をかなり受け入れてくれた。
不満もあったが、司法への不信もあり、また理不尽な判決を下されるリスクを恐れ、最終的には高裁の修正和解案を受け入れることにした。
そして被控訴人(原告)側もそれを受け入れ、和解が正式に成立。
知人からは「和解で、原告側からの賠償請求を退けられたのは本当にすごいことだ」と祝われた。
最後に:今回の裁判に費やした莫大なコストの現実
今回の理不尽な訴訟により、ただの一般市民であり、介護を抱える身である私が支払わされた、経済的・物質的な対価の生々しい現実をここに書き残しておきます。
弁護士費用および裁判費用の明細
一審(地裁)着手金および予納金(着手金55万円+予納金5万円) 600,000円
高裁への控訴提起費用(印紙代・郵券代等)28,500円
控訴審(二審)追加弁護士費用 470,000円
高裁での和解成立に伴う弁護士への報酬金 660,000円
裁判費用実績 合計 1,758,500円
ネット上の公開情報を客観的に整理していただけの一般市民が、過去の因縁からある日突然活動家弁護士に目を付けられると、事前の穏便な交渉も無く、いきなり訴訟を起こされ、生活の平穏を奪われます。そして、最終的に弁護士費用等で175万円を軽く超える大金を負担させられる。
これこそが、今の日本の司法制度が抱える恐ろしい欠陥であり、現実です。
この経済的・精神的な破壊力の凄まじさを、どうか他人事だと思わずに知ってください。
(続く。詳細な裁判記録や、法廷に提出した実際の証拠資料は、後日順次投稿いたします)